ミスが多い私はいつも先輩や店長に怒鳴られたり蹴られたりしていたのだが、その日も注文のポテトを店に置き忘れ、きつく叱られ落ち込んでいた。週末のピークタイムは非常にタイトなスケジュールで回っている。誰かが忘れものをすれば、誰かが届ける二度手間となり、そういうミスが重なると全体の配達がどんどん後ろ倒しになる。配達遅れによる客の怒りはバイトに向けられ、そのストレスはミスをした人間にぶつけられる。

その日は特に忙しく、一度忘れ物をした段階で、すでに店内のストレス値は高まっていた。自分のせいだ。今後気をつけようと反省したのも束の間、その次の配達でまたもサラダを忘れるという大失態を犯してしまう。恐る恐る店に報告の連絡を入れると、電話に出た店長は深くため息をつき「あのさあ!! 本当いい加減にしてくれるかなあ!!」と激昂している。慌てて店に戻ると、店内は注文を捌き切れない混乱状態、店長から私のミスを聞いたであろう同僚たちはこちらを白い目で見ていた。

責任を感じたが、過去を振り返り落ち込んでもしょうがない。今できるのは、多くの配達をこなすことだけだ。気持ちを切り替えた私は次のピザを受け取り、原付のアクセル全開で走ること15分、エリア最果ての西五軒町(江戸川橋と飯田橋の中間付近)のマンションに到着した。そしてボックスを開けた瞬間、血の気が引いた。やってしまった。またしてもサイドメニューのサラダを忘れたのだ。

電話のたびにビクビクする

3回連続で忘れ物をするというのは、さすがの私も未経験の事態だった。報告の電話をかけようと携帯を取り出したものの、恐ろしくてボタンを押すことができない。さっきの店長の怒声や、同僚の冷たい顔が脳裏に浮かぶ。無理だ。

どうにか怒られずに事を収められないか。思いついたのは「後で近くに配達に来たついでにこっそりサラダを届けて処理する」という方法だった。お客さんにピザを渡し、「サラダを忘れてしまったのでできるだけ早く持って来ます」と説明し、全速力で店に引き返した。

息を切らして店内に入ると、先ほどまでの忙しさが噓のように注文がピタッと止まり、同僚たちはバックルームで談笑していた。いつもならそこでホッと一息つきタバコでも吸っているところだが、今はそれどころではない。一刻も早くサラダを届けないといけないのだ。しかし、忘れ物の報告をしていない手前、勝手に配達に出かけることはできない。平常心を装って先輩とパチンコの話をしている間にも、刻々と時は過ぎて行く。

今この瞬間、「サラダはどうなってるんだ」と電話がかかって来てもおかしくない。注文の電話が鳴るたびにビクビクしていた。私はそれ以前から無能なバイトの烙印を押されてはいたが、「出来ないなりに真面目にやる奴」とも認識されていた。こんな姑息な隠蔽工作をするような人間だと知ったらみんなどんな顔をするだろう。

その後も時々注文が入るものの、西五軒町とは逆方向の配達ばかり。ついでにサラダを届けようにも、逆方向では時間的に無理がある。

何もできないまま1時間半が過ぎた。迫り来る電話の恐怖に震えていたところに、待ちに待った吉報が。遂に、西五軒町付近の注文が入ったのだ。伝票を奪うように確保し、さっき忘れたサラダを持って出ようとしたところ、冷蔵庫にあるはずのそれがない。余っていると判断され他の配達に回されたのだろうか。いつもなら「サラダ作ってくださーい」とキッチンのバイトに頼めば片付く話だが注文のないサラダは頼めない。

さてサラダはどうする?

結局サラダがないまま出発。危険だが、サラダが売り切れたことにして、その辺で適当なサラダを買って届けるしか手がなかった。一件目の配達を高速で終わらせてコンビニへ駆け込み、一番高価な牛角のサラダを購入して原付を走らせた。マンションに着いた頃には、最初の配達から2時間が過ぎていた。ビクビクしながら牛角サラダを取り出す私をお客さんは不審そうに見ていたが、その場で怒りを露わにすることはなかった。

配達を終え店に戻ったものの、いつ牛角サラダについて確認の電話が来るか分からない。忘れ物を隠した段階ではただの臆病な卑怯者でしかなかったが、狡猾な隠蔽工作を完遂した今、全てが暴露されたら、卑怯さに加えて若干のサイコ感も漂ってしまうだろう。

最後まで心は休まらなかったが、結局そのままクレームは来なかった。私は懐の深いお客さんに感謝し、自分も今後使えないバイトに出会ったら、絶対にクレームを入れないようにしようと誓ったのだ。

文=吉田靖直(トリプルファイヤー) 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2019年3月号より