親子3代で継ぎ足し続け継承した秘伝のだし
神田駅南口、日銀通りから細い路地を入ったところに店はある。昭和2年(1927)に創業。おでん鍋を満たすだしは、初代から孫に当たる現店主の長江寛さんへ3代に渡って継承してきた。閉店後は必ずだしを濾(こ)して火を入れ、翌朝に別鍋でとった日高昆布、鰹節、煮干しのだしを加える。
関東風おでんは濃口醤油で味付けするが、この店では白醤油、薄口醤油の関西風。その理由を寛さんは「初代は関東大震災で被災し、その時に炊き出しで食べた関西風おでんの味に感動したようです」と教えてくれた。
おでん種は常時20種ほど。豆腐は内神田の『篠崎豆腐店』、練り物は豊洲市場で原料を競り自社製造する『石澤』、ロールキャベツのひき肉は築地の『日山』など、信頼できる取引先から上質なものを仕入れる。
厳選したおでん種も、煮方が下手ならば話にならない。大根は煮干しのだしで下茹でして1日以上かけて味を染みこませる。反対にはんぺんなどの練り物は煮込みすぎないことで旨味を閉じ込め、ふんわりとした食感を残す。ていねいに下準備したおでん種は、かわいい我が子のよう。おでん鍋の前に立つ寛さんは、父親のように全体を見渡しながら一番おいしい状態のおでん種を提供してくれる。
一番人気は豆腐。自家製ロールキャベツも忘れなく!
これを目当てに通う常連も多い人気のおでん種は豆腐だ。す(隙間)が立たないよう煮込まず、だしで2時間ほど温めて、マグロ節と七味唐辛子(小辛)、刻みネギを山盛りにして提供する。箸で割るとだしがあふれだし、ハフハフと頬張れば濃厚な大豆の甘さが口中に広がる。
自家製のおでん種ではロールキャベツがおすすめ。豚と牛の合い挽き肉にタマネギ、長ネギを加えた具材をキャベツで巻いたもので、1個ずつ手作業で作っていく。具材の旨味を閉じ込めるひと工夫がされており、しっかり肉の味わいも楽しめる。
串に刺さったねぎまもぜひ。ねぎまといっても鶏肉ではなく、マグロの頭と尾の部位を使う。この部位は脂がのっているが、筋があり刺し身では食べにくい。しかし、筋はコラーゲンやタンパク質が主成分なので熱を加えると溶けて気にならなる。つまり、脂がのったおいしい部位の“いいとこ取り”ができるわけだ。だしの染みたネギがまた旨い!
もうひとつの柱は豊洲市場から仕入れる新鮮な刺し身
おでんと並ぶ看板料理と聞いて、刺し身の盛り合わせを注文してみた。この日はマグロ、タイ、マツカワガレイ、クエなど11種類もの魚介類が盛られ、その豪華さにビックリ。毎朝、豊洲市場から仕入れるだけあり、鮮度も抜群だ。まずは刺し身をあてに喉を潤し、おでんに移るのが黄金コースといえそうだ。
90年以上の歴史の中には、歴代の日銀総裁をはじめ政財界の大物や多くの芸能人も足を運んでいる。壁に並ぶ「大入看板」は創業何十年といった節目の年に三井物産の社長や社員から贈呈されたもの。「80周年の時にもう飾るところがないのでお断りしたら、二体の招き猫を贈っていただきました」と寛さんは笑う。
居心地の良い空間とおいしい料理で、明日の元気をもらえる店にお礼をせずにはいらない。ビジネスマンの気持ちがヒシヒシと伝わってきた。
取材・文・撮影=内田 晃