◆散歩コース◆
スタート
筑波交流センターバス停
バス停から国道を渡り、裏堀を越えて商店街の通りを行くとつくば道の道標。
↓ 10分
つくば道の道標
八坂神社を過ぎて右手に椿本薬品を見て左折すれば約20分で遺跡。
↓ 30分
平沢官衙遺跡
遺跡を見学したら、北条大池へ。池沿いに進み突き当りを右手に行けば商店街の通りに。
↓ 30分
つくば道の道標
道標からつくば道に入る。多気山城の山裾を辿り、普門寺を過ぎて行けば蚕影神社の表示。
↓ 40分
蚕影神社分岐
右手に曲がったら正面の山に向かい、20分ほどで神社入り口。森の中へ入って行くと神社。
↓ 30分
蚕影神社
来た道を戻り、分岐から臼井地区を過ぎて行く。坂道を上がれば六丁目の石鳥居(一の鳥居)だ。
↓ 50分
六丁目の石鳥居
ここからは登山レベルの坂道が続く。三叉路を右手に行くと、石段があり車道へ出る。
↓ 20分
筑波山神社
車道の先が筑波山神社。境内を回ってからバス停へは車道を5分ほど歩けば着く。
↓ 5分
ゴール
筑波山神社入口バス停

郷愁度:★★☆
歩行時間:3時間35分
歩行距離:約9㎞
アクセス:
行き
秋葉原駅からつくばエクスプレスでつくば駅、約45分。駅前のつくばセンターバス停から、つくバス北部シャトルで筑波交流センターバス停、約30分。
帰り
筑波山神社入口バス停から筑波山シャトルバスでつくばセンターバス停、約40分。後は行きと同じ。

2012年5月に突如として国内最大級の竜巻が北条の町を襲った。死者1人、負傷者37人、建物の損壊は約1100棟に上った。復旧には時間がかかる。北条の町も5年後の2017年に、ようやく復旧が一段落した。

江戸時代の古道を歩く

この北条から筑波山麓へつながる道がつくば道といわれる。古道は古道だが、江戸時代の道だ。江戸の鬼門にあたる筑波山を徳川家康は崇(あが)め、その後、中禅寺(いまの筑波山神社)を建てるために資材運搬道路として整備された道が、つくば道となった。現代でいえば、ダムを造るためのトラック用道路のようなものか。それではあまりありがたくもないが、こちらは資材は資材でも、江戸を守る神社用なので、歩いてみたくもなる。

つくば道
北条から筑波山神社まで続く全長約4kmの参詣道。3代将軍家光が寛永3年(1626)、中禅寺(今の筑波山神社)を作るためにその資材運搬道路として整備。後に参詣道として利用されてきた。1987年、「日本の道百選」に。
北条には古い土蔵や店蔵の建物が残っている。
北条には古い土蔵や店蔵の建物が残っている。

バス停から北条の町へ入ると、古い土蔵や店蔵などの建物が残っている。江戸時代末期から明治にかけての建築。メインの大通りの手前の裏道には、裏堀が流れている。北条米を産む農業用水路だ。ちなみに北条米はとても美味しいお米で、昭和初期には皇室に献上されたほどだ。

北条商店街の大通りの裏道に残る北条用水路。裏堀と呼ばれ、古くからある農業用水路だ。桜川から取水している。
北条商店街の大通りの裏道に残る北条用水路。裏堀と呼ばれ、古くからある農業用水路だ。桜川から取水している。

つくば道をゆく前に、江戸時代よりさらに遡った平沢官衙(ひらさわかんが)遺跡に立ち寄った。遺跡は奈良・平安時代の常陸国(ひたちのくに)筑波郡の役所跡で、大規模な倉庫などがあったところだという。平原のような広い場所に、3つの高床式の倉庫が復元されている。

平沢官衙遺跡近くの風景。建物は復元されたもの。
平沢官衙遺跡近くの風景。建物は復元されたもの。
高床式の倉庫が3棟復元されている。これは板の壁に土が塗られているので土倉という。奈良の法隆寺に残る平安時代の倉庫を参考にして復元したという。
高床式の倉庫が3棟復元されている。これは板の壁に土が塗られているので土倉という。奈良の法隆寺に残る平安時代の倉庫を参考にして復元したという。
平沢官衙遺跡
官衙は役所のことで、奈良・平安時代の筑波郡の役所跡だった。60棟近い建物跡が確認されている。板倉、校倉、土倉の3棟を復元して、2003年から公開。見学は無料で、出土文化財管理センターでは出土品を見られる。

信仰の名山、筑波山神社へ

また北条に戻り、「これよりつくば道」と刻まれた道標から筑波山へ向かって参道を歩き始める。前方には、いつも筑波山が見える。

北条の町を抜けると、神郡(かんごおり)に入る。古い店蔵や茅葺屋根の家も残る参道を歩く。

つくば道の途中にある神郡の集落。古い土蔵や店蔵が残る。道の正面には筑波山。
つくば道の途中にある神郡の集落。古い土蔵や店蔵が残る。道の正面には筑波山。
神郡に残る茅葺屋根の家。手前は井戸で、現役のようだ。
神郡に残る茅葺屋根の家。手前は井戸で、現役のようだ。

途中、地元の人に勧められた蚕影(こかげ)神社へと足を延ばした。「深い森の中に隠れているような神社」と聞いて興味を持って来てみると、まさしく森の中。

奉納された扁額(へんがく)を見ると、養蚕が盛んだった大正から昭和の初めの頃のものが多い。今は養蚕も廃れているので、最近のものはない。訪れる人もいないのか、ひっそりとしている。このまま森の中に埋もれていくような不思議な神社だった。

蚕影神社
つくば道から東のほうへ30分も歩くと蚕影神社へ。深い森の中に眠るように残る神社で、古くから養蚕の神として信仰を集めてきた。「奉納」の文字は繭でできている。本殿は江戸時代初期のもの。

来た道を戻って筑波山方向へ。

入り口の六丁目の石鳥居へ到着。ここから先は昭和40年代まで石段が神社に続いていたというが、今は舗装路。元は参道なので、生活の道とは思えない急坂だ。登山のように上がって行くと、最後に当時の石段が現れた。ここを上がると車道で、目の前が筑波山神社。資材運搬道路を踏破したが、この急坂では資材運びも大変だったと想像できる。

つくば道ゴール地点にある石段。石に歴史ありだ。
つくば道ゴール地点にある石段。石に歴史ありだ。
アドバイス
つくば道に入れば、筑波山神社まではコンビニもないし、食事をするところも少ないので、それなりの用意を。筑波山神社入口バス停の最終も早いので、乗り遅れないように。

筑波山神社

男女の神が宿る 二つの山頂を拝む場所

古代から信仰されてきた神社で、筑波山を御神体として麓の拝殿から男体山と女体山の2山を拝む。江戸時代には江戸の北東の鬼門にあたるとされ、その守りとして整備された。明治になると、それまでの中禅寺は廃され、跡地に神社の拝殿を造営した。

取材・文=清野編集工房
『散歩の達人 首都圏日帰りさんぽ』より