ドイツ菓子の世界に勢いよく飛び込み、本場の技術を習得

年がら年中大勢の人でにぎわう三軒茶屋の商店街を抜け、茶沢通りを下北沢方面へ進む。烏山川緑道を横切りさらに歩いていくと、少しずつマンションや民家が増え、落ち着いた空気が漂い始める。代沢十字路の手前で、目当てのお店の看板が目に入った。『ドイツ菓子工房 Muttis Kuchen』は、本場仕込みのケーキやクッキーが評判のドイツ菓子の専門店だ。

茶沢通りと淡島通りがぶつかる代沢十字路に近い、三軒茶屋の路地裏で営業。
茶沢通りと淡島通りがぶつかる代沢十字路に近い、三軒茶屋の路地裏で営業。
看板に従って奥へ進むと、こんもりと草木が茂る小さな森のような庭が現れる。
看板に従って奥へ進むと、こんもりと草木が茂る小さな森のような庭が現れる。

店主の本郷はつきさんは、ドイツで約10年間学び、ドイツ菓子のマイスターも取得している。「子供の頃から、母に材料を買ってもらってよくクッキーを焼いていた」そうで、中学・高校生の時にはすでに「ヨーロッパに行って、本場のお菓子作りを見てみたい」と考えていた。

「近所のお家でお菓子作りのお手伝いをして楽しかったのがきっかけです」

当時はインターネットが普及していなかったので、検索してレシピを探すことはできず、レシピ本を見ながら何度も練習したという。

自宅の一部を工房に改装。そこで作られたドイツ菓子が庭先のテラスに並ぶ。
自宅の一部を工房に改装。そこで作られたドイツ菓子が庭先のテラスに並ぶ。

短大を出て就職した本郷さんは、資金が貯まるとすぐに単身渡独した。「ある意味、怖い物知らず」と笑うが、1990年代は今と比べて情報収集の手段が圧倒的に少なく、「現地に行ってみないと何もわからない思ったから」だそうだ。

最初はヘーマーという小さな町にあるカフェの工房で見習いとして働き、洗い物や掃除、計量からスタート。見習い試験終了後、ミュンヘンの有名ホテルやレストラン、ルクセンブルクのパティスリーを渡り歩き、腕を磨いていった。

ドイツ菓子ならではの魅力と店主の「好き」を詰め込んだ味わい

ドイツ菓子の魅力を尋ねると、「垢抜けきれないところ」と本郷さん。前述したヘーマーの工房は、家族経営のコンディトライ(カフェを併設した昔ながらの菓子店)で、ケーキやクッキー、アイスなどいろいろ作っていた。

「一人で食べ切れるのかという大きなサイズなんですが、とてもおいしいんです」

時が経つにつれ、その飾らない素朴さにむしろ魅了されてしまい、当初2年のつもりだったドイツでの暮らしが、結局10年に及んだ。

常時30〜40種類のお菓子を用意。定番の他、旬の食材を用いた季節限定の商品も揃う。
常時30〜40種類のお菓子を用意。定番の他、旬の食材を用いた季節限定の商品も揃う。
「古典菓子もあれば新しいお菓子もどんどん増えていて、ドイツ菓子にもいろいろあります」と本郷さん。
「古典菓子もあれば新しいお菓子もどんどん増えていて、ドイツ菓子にもいろいろあります」と本郷さん。

そもそも「食べることが好き」だという本郷さんは、ドイツのスーパーマーケットにも通い詰めた。渡独したばかりの頃は、「ドイツ語の辞書を片手にあれこれ商品を手に取って、パッケージをじっくり読んだり、3〜4時間長居することも珍しくなかった」のだとか。パン屋に並んでいるお菓子も気になり、「好奇心の赴くままいろいろ食べていました」。

『ドイツ菓子工房 Muttis Kuchen』には、本郷さんのあらゆる「好き」が詰まっている。

頬張ると、行ったことのないドイツの景色が思い浮かぶ。
頬張ると、行ったことのないドイツの景色が思い浮かぶ。

素材を重視しつつ、「ドイツのレシピを忠実に守っています」という本郷さん。味わい、食感、香りなど、本場で体験したドイツ菓子ならではの魅力を再現している。日本人に合わせて変更しているのはサイズだけ。ドイツのお菓子は日本人にはかなり大きいので、「本場より小さめの、おいしく食べ切れるサイズにしています」。

初めて食べるのにどこか懐かしさすら感じる素朴な「お母さんの味」

ドイツ菓子の王道といえば、マジパンを使うバウムクーヘン。そのバウムクーヘンをタルト型で焼き上げたのが、バウムトルテだ。型に生地を流し入れ、平らに伸ばして焼き上げ、またその上に生地を流し入れ、また平らに伸ばして焼き上げるという工程をくり返す。日本人がイメージしやすいバウムクーヘンはふわっとしているが、本来ドイツでは密度の高いしっかりした生地で、噛むとその一層一層からマジパンの味わいやバターの風味がじわじわと広がる。

口の中にバターと卵の風味が広がる人気のバウムトルテ480円。
口の中にバターと卵の風味が広がる人気のバウムトルテ480円。

ハート形にも見えるパイ菓子はシュバイネオーレン。「シュバイネ」はドイツ語で豚、「オーレン」は耳という意味で、実は豚の耳に似ていることからその名がついた。

表面にはあんずジャムとフォンダンを塗ってあり、香ばしさと甘酸っぱさがせめぎ合うのがたまらない。厚みがあり、ザクッとムギュッが合わさった独特の食感も癖になる。

独特な食感のパイ生地にあんずジャムとフォンダンをのせたシュバイネオーレン800円。
独特な食感のパイ生地にあんずジャムとフォンダンをのせたシュバイネオーレン800円。
表面に塗っているのは、あんずジャムとフォンダン。光を反射する照りにそそられる。
表面に塗っているのは、あんずジャムとフォンダン。光を反射する照りにそそられる。

季節限定の商品もお店を訪れる楽しみの一つ。オーブンの天板(ブレッヒ)に生地を広げて焼き上げるケーキ(クーヘン)、ブレッヒクーヘンはふんわり生地が親しみやすい家庭的なお菓子だ。ドイツではパン屋にも並んでいて、朝食や軽食としてもよく食べられているらしい。主役のフルーツが季節を教えてくれるのも楽しい。

青森県産の酸っぱいプラムを使用したエレファントハートのブレッヒクーヘン600円。
青森県産の酸っぱいプラムを使用したエレファントハートのブレッヒクーヘン600円。

一つひとつていねいに手作りされた「お母さんの味」。なかには初めて食べるお菓子もあるのに、どことなく懐かしい感じもする。東京からドイツまで、直行便でも約14時間。遠い異国であるはずのドイツが、なんだか近くに感じる。

住所:東京都世田谷区太子堂5丁目29-17/営業時間:10:00〜18:00 /定休日:月・火・水/アクセス:東急電鉄田園都市線・世田谷線三軒茶屋駅から徒歩11分

取材・文・撮影=信藤舞子