別に何かがあったわけじゃないけれど、小さな疲れが積もり積もって心のエネルギーが足りなくなるときがある。
私の場合、エネルギー不足は食に現れる。脂っこいものや固形物が食べたくなくなるのだ。そんなときは、ひき肉と野菜のみじん切りを入れた中華粥を作る。ドロドロになるまで煮込んだそれを口に運ぶとき、「まるで介護食だな」と思う。まぁ、肉と野菜と米を摂取しているので、栄養バランス的には悪くない。でも、まだ42歳なのに、風邪と歯痛以外で固形物が食べられないなんて困ってしまう。
そんなときの対処法は、女友達に会うことだ。別に「弱ってるから話聞いて」なんて言う必要はない。「近々ランチでも行かない?」とLINEするだけだ。会っても別に、弱っていることは話さない。ただただ、しょうもない話をして笑うだけ。それで十分にエネルギーがチャージされ、またなんでも食べられるようになる。
今回は、シルバーウィークの手前あたりで弱った。
マッチングアプリを再開したところ(以前「木曽路」の回で恋人ができたことを書いたがとっくに破局した)、毎日メッセージのやり取りが続いて会う約束をしていた人がいたのだが、約束の数日前に急に返信が来なくなった。大方、私と同時進行で進めていた女性とうまくいったのだろう。それならそれでいいので、約束をキャンセルする連絡をしてほしい。そうしたら、その日に別の予定を入れられるのに。
そんなことが2回ほど続いた。また、マッチしてもメッセージをしてこない男性も多く、こちらからメッセージを送っても返信がなく、イライラする。メッセージする気がないならいいねを押さないでほしい。
そんな軽いマチアプ疲れが続いていた頃、たまたま仕事が忙しくて部屋が乱れた。また毎日のように雨が降って、洗濯物は溜まるし気分はどんよりする。その結果、私はおかゆ生活になった。
ヤバい。一刻も早く女友達に会わないとメンタルが崩れてしまう。
専門学校時代の友人のアミ姉(仮名)をランチに誘い、シルバーウィーク最終日にバーミヤンで会うことになった。アミ姉はシングルマザーなので、小1の息子・りゅうくん(仮名)も一緒だ。
バーミヤンを選んだのはアミ姉で、りゅうくんも行き慣れているし、席が広いところがいいらしい。私はあまりバーミヤンに行ったことがないので新鮮だ。
アミ姉は私より1歳上だ。私が1年だぶっているので、アミ姉は現役で入学した子たちより2歳年上だった。また、知的でクールで都会的な印象がお姉さんっぽかったので、みんなから「アミ姉」と呼ばれている。
わりと頻繁に連絡を取り合っているが、最近は彼女の転職やりゅうくんの小学校入学などがあってタイミングが合わず、一年ほど会えていなかった。
アミ姉の最寄り駅に着くと、アミ姉とりゅうくんが傘を持って待っていた。一年前まで、りゅうくんは駅で私に会うと必ずハグをしてきて、手をつないだ。しかし小学生になってちょっと照れるようになったのか、今回はハグはなかった。でもすぐに手をつないできたので、「それはいいんだ」と思う。
駅前のバーミヤンは混んでいて、しばらく店の前で待つ。すると、りゅうくんが古生物の話を始めた。
「あのねー、古生物がいた時代はね、カンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀、デボン紀、石炭紀、ペルム紀、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀があるんだよ」
「そうなの? アンモナイトはどの時代にいたの?」
「どの時代にもいた」
今は大学生になった私の甥もそうだったが、男児は、一方的にそのとき自分がハマっているものの話をする傾向がある。相手のリアクションはどうでもよくて、とにかく自分が知っていることを言いたいのだろう。
「キンベレラとかディッキンソニアとかトリブラキディウムとかカルニオディスクスとかがいて~……」
「〇〇って恐竜は20mあって、△△って恐竜は30mあって~……」
りゅうくんはずっと古生物について話している。会ったら小学校の様子や勉強のことなどを聞こうと思っていたが、そんな隙はなかった。
「よく知ってるね~、すごいね~」
褒めると、くっきり二重の大きな垂れ目をクリクリさせておどけた表情をする。ほっぺたがすべすべで、涙袋がぷっくりしていてまつ毛が長くて、本当に可愛い。
やがて席に通された。ものすごくゆったりした席だ。
アミ姉はビール、私はレモンサワー、りゅうくんはドリンクバーを注文。
「何食べる?」とアミ姉がメニューを開く。しかし、なんせ弱っているので食欲がない。それでもメニューを見つめていると、料理がどれもキラキラして見えて、今なら固形物も油っぽいものも食べられそうな気がした。
アミ姉と相談して、本格焼餃子、小籠包、皿ワンタン、海老のチリソース(ぴったりサイズ)、山盛りフライドポテト、キッズメンメンを注文。ネコのロボットが運んできてくれるのが可愛いし、注文からすぐに提供されるのもいい。
久しぶりにバーミヤンの料理を食べる。どれも、しっかりした万人受けする味わい。
「これこれ、こういうのでいいんだよ~!」と私。
「わかるわ~。はじめて入る町中華でハズレ引くよりは、もうバーミヤンでいいじゃん、って思う」
「町中華、たまに優しいお味すぎる店ない? そういうとき、『あー、バーミヤン行っとけばよかった!』って思うよ」
気づけば、おかゆしか食べられなかったのが嘘みたいに、バーミヤンの中華をもりもり食べていた。
りゅうくんは食べながら、ずっと古生物の話をしていた。あとは、右手と左手をバトルさせながら「ディグシ! グワーッ! バギッ! ドカーン!」などの擬音語を発していた。周りのお客さんに聞こえるような大声ではなかったので、好きなようにさせた。彼は、ドリンクバーもトイレも一人で行けるようになっていた。すごい成長だ。
「うちのりゅうはまだおとなしいほうだけどさ、ヤンチャな子のママは大変みたいよ」とアミ姉が言う。
「えっ、りゅうくんっておとなしいほうなの? ヤンチャなほうだと思ってた」
「ヤンチャな子はファミレス連れてきても席でじっとしてられなくて、店内走り回ったりするらしいよ」
そうなのか。私は甥っ子がみんなおとなしいタイプだったので、てっきりりゅうくんはヤンチャなタイプだと思っていた。
私とアミ姉が話していると、りゅうくんが古生物の話題で割って入るので、しょっちゅう中断される。子連れランチで大人同士が会話をするのは難しい。SNSでは、子供のいない人が「友達が遊ぶときに子供連れてくるのが迷惑。うるさくて話ができない」などと投稿しているのもよく見かける。
けれど、子供が「ママのお友達とのランチ」に付き合ってくれるのはせいぜい10歳までだ。私は期間限定のこの時間も味わい尽くしたい。
「柊子(仮名・共通の友達)のところの娘ちゃんが4年生になってから私に会いたがらなくなっちゃってさ。今までは柊子が『ママ、サキちゃんとランチするけど来る?』って言ったら大喜びで来たのに、今は『ママとサキちゃんで遊びなよ。私は私の友達と遊ぶから』って言うようになったらしくて……。当たり前の成長なんだろうけど寂しいよ~」
私がそう言うと、アミ姉は「りゅうはサキちゃんに会えるって小躍りしてたけどね。まぁ、それもきっとあと数年よねぇ」と言う。
「数年後にはさ、私が挨拶しても目も合わさず消え入りそうな声で『あ、こんにちはっす……』って言うんだよ。『学校どう?』って聞いても『別に普通っす……』ってさ」
と言っていたら、りゅうくんが「『こんにちわっす』って変なの~!」と笑った。
その後、ホイコーロウと青菜炒めとからあげを追加注文した。青菜炒めはにんにくが利いていて箸が止まらなくなる。りゅうくんも、自分で取り皿に取ってバクバク食べていた。
「りゅうくん、緑のお野菜も好きなんだ」
「うん。大好き」
「嫌いな食べ物ある?」
「なーい!」
なんとなく、子供は緑色の野菜を嫌うイメージがあったので意外だった。
みんなが食べ終わった頃、りゅうくんが「このあと、僕のうちに来たらいいんじゃない?」と言い出した。それで、みんなでアミ姉の家に移動することにした。
りゅうくんは「見て、僕、時速100kmで走れるよ!」と言って、時速4kmくらいのスピードで走っていき、戻ってきた。よくわからないが可愛い。
家に着くと、アミ姉はりゅうくんに「YouTube見ていいよ」と言った。りゅうくんは大喜びでノートパソコンの画面にかじりつく。そのおかげで、私とアミ姉はやっとゆっくり話せるようになった。
ゆっくり話せるようになっても、マッチングアプリの話はしなかった。同じ部屋にりゅうくんがいるし、なんとなく大人の世界の話題は避けたほうがいい気がした。
その代わり(?)、専門学校時代の思い出話や、モーニング娘。の話をした。私はアミ姉にDVDを見せられたことでモーニング娘。を好きになったのだ。あれはたしか2016年のことだったから、もう10年も経つのか。
二人でここ10年のモーニング娘。について熱く語り合い、大げさではなく、すべてのストレスがふっとんだ。これでもう大丈夫、明日からも元気に生きられる。
「あー、帰りたくないな~」と言うと、アミ姉は「泊っていきなよ!」と言う。お言葉に甘えて、泊めてもらうことにした。予定外に友達の家に泊まるのも、パジャマを借りるのも、久しぶりの体験だ。若い頃に戻ったようで懐かしい。
「アミ姉はさ、もうパートナーほしいとか思わないの?」
彼女は3回結婚して、3回離婚している。りゅうくんは3人目の夫との子で、りゅうくんが生まれてから、彼女は恋愛をしていない。
「もうパートナーはいいかな。今は、私とりゅうでパズルのピースがきっちりはまってる感じ。そこに新たに人を入れて、今の生活を変えたくない」
それは、彼女の今の生活に不足がないということだ。素晴らしい。
「人生で、いつが一番幸せだった?」
「んー、今かなぁ。子育てして仕事して、単調な毎日だけど、今が一番落ち着いてる気がする」
アミ姉の人生は波乱に満ちたものだった。そんな彼女が、今が一番幸せだと言っている。ここに辿り着くまでの道のりを知っているから、私まで嬉しくなった。
翌日は学校があるので、夜は早めに布団に入った。りゅうくんを挟んで川の字になる。
アミ姉が、子供むけに簡単に訳された「東海道中膝栗毛」を読み聞かせる。私がりゅうくんの胸を毛布越しにトントンすると、彼の大きな目がとろんとしてきて、やがて眠りに落ちた。可愛くてたまらない。寝かしつけってこんなに温かい気持ちになるんだ。
りゅうくんが寝た直後に私も眠りに落ちたため、いつ電気が消されたのかは知らない。
気付いたら真っ暗で、それから朝までは寝付けなかった。背中に、90°に回転したりゅうくんの足が当たる。アミ姉も、ぐっすりと眠っている。
一人で家で過ごす夜と、ぜんぜん違うな。
その温かな夜を、静かに噛みしめた。
文・写真=吉玉サキ(@saki_yoshidama)







