キャリア設計は大胆に。アルバイトから始まったバリスタの道
ガラス扉を開けた店内は、手前に大きなテーブルを囲むようなカウンター席があり、廊下を挟んだ奥にテーブル席や壁際のカウンター席が用意されている。奥のスペースは、オープンから数年経った2025年ごろにお店で読書をしたいという要望に応えて増設したのだとか。
店主の佐藤さんは、凝り性だと自分のことを分析する。故郷の山形で大学を卒業後、横浜の大学院で学んでいたときに、「ブルーボトルコーヒー」でアルバイトを始めた。佐藤さんは「産地によって味が違うスペシャルティコーヒーが、おもしろくて」と、どっぷりコーヒーにハマった。
大学院修了後は数学講師としてキャリアをスタート。教壇に立つ傍ら、バリスタとして独立したいと開業準備を進めていた。教師とバリスタ。どちらも人と接する仕事だが、キャリアの設計としては大胆に思える。その理由をたずねてみると、「数学は得意でできることでしたが、やりたいことは後から見つかったんです」と答えてくれた。
佐藤さんにとってバリスタという仕事の魅力は、大きく2つある。1つは生の豆を焙煎して、抽出して提供するという、いくつもの工程が1人で行えること。2つ目は、自分がいいと思って仕上げた一杯へのフィードバックを直接聞けることだ。さまざまな段階でコーヒーという対象物に関わることで、よりよい一杯を目指しているのだ。
最初に作った定番のブレンドのNotre Premierは、甘みを残した中深煎り
『thy coffee Atelier』では、ハンドドリップ用のコーヒー豆を常時5種類用意している。そのうち2つがブレンドで、定番と月替わりがある。せっかく最初に訪れたのだからと、定番ブレンドのNotre Premier(ノートル・プルミエ)を注文した。「私たちの最初の」という意味のフランス語で、その名の通り、通信販売のコーヒー豆店として今の屋号を掲げた2021年に、初めて作られたブレンドだ。
コーヒーを提供するときに、いつも豆の説明を添えている。Notre Premierにはチョコレートやナッツのようなフレーバーと記されていた。この定番ブレンドは使う豆が変化しても、いつも同じ味になるようにブレンドしているそう。「Notre Premierは一般的には中深煎りに相当すると思います。深く焼きすぎると減ってしまう甘さが残るような焙煎です」と佐藤さん。柔らかな味わいが心地よいコーヒーだ。
月替わりのブレンドは、4月はサクラ、6月は紫陽花、7月はサマーブレンド、12月はブレンドノエルなど、季節に応じた名前が付けられている。こちらは、名前こそ例年同じだが、毎年その年だけの味わいを作っている。
スイーツやパンまで自家製。アトリエで続く飽くなき探求
店内を見回すと、コーヒーのドリッパーがいくつも置かれていることに気がついた。お店では、そのとき気に入っているものや新しく発売された道具を使ってみている。取材時に使っていたのは日本の陶器製で、抽出液がゆっくり落ちる分、コクがしっかり出ると教えてくれた。
佐藤さんの追求はコーヒーだけにとどまらない。チーズケーキやプリンといったスイーツの人気メニューはもちろん、トッピング用のミルクアイス、バタートーストとして提供するパンまでも自家製だ。元々料理好きでもあったせいか、レシピ本を研究したり、別のお店で食べた味を再現したりと、「試作している時間が結構好き」だそう。
スイーツの定番は北海道産のクリームチーズを使ったバスクチーズケーキ クラシック。中央部分がとろりとした生地は、火加減を微調整しながら仕上げる。あっさりとしているが、甘みに奥行きを感じるのは、有機のブラウンシュガーを使っているからのようだ。
近ごろは季節のフルーツを使ったスイーツを目当てに、遠方からやってくる人が増えている。もちろんゆっくり抽出した本格的な味を求めて訪れるコーヒー好きと、カウンターで抽出や焙煎について話がはずむ日もある。
一方で、住宅地にあるお店として、近隣に暮らす誰もが気軽に店の扉を開けられるようなメニューも用意されている。たとえば、毎日気兼ねなく飲めるようにと価格を抑えた本日のアイスコーヒーや、ちょっと甘いものが食べたい人に向けたシンプルなプリンもある。
「個人で店を開いたのは、やりたいことを実現するため」と佐藤さん。店名にアトリエと付けたのは、工房やラボの意味合いを含ませたかったから。凝り性な店主は、今後もますますコーヒーとスイーツの研究に勤しむのだろう。
取材・文・撮影=野崎さおり






