柏駅前で40年以上続く、焙煎コーヒー豆の店
ブレンドやストレートなど20種類以上のコーヒー豆が並ぶ昔ながらのコーヒー豆専門店『自家焙煎珈琲 豆屋』(以下、豆屋)。その奥には小さなカウンターがあり、2席ほどのスペースでコーヒーを飲むこともできる。
1970年代に先代がここで始めた店を、現在のオーナー・松村岳志さんが引き継いだのは2011年のこと。もともとは松村さんが豊四季で喫茶店を営んでおり、そこで『豆屋』の豆を仕入れていた縁があった。
「ある日、先代から『もう引退する』という話を聞きました。ウチの他にも顧客があったし、いいお店だったので閉めてしまうのはもったいないなと思い、引き継ぐことになりました」
カフェとして大きく広げるのではなく、今も軸にあるのはコーヒー豆の販売。駅前で豆を買い、その時の気分で1杯飲んで帰る。そんな使われ方が、この店らしさなのかもしれない。
店内で飲めるコーヒーは、マシンで淹れるエスプレッソスタイル。デミタスカップ、レギュラーカップ、アメリカンはいずれも400円。そのほか、アイスコーヒーやカフェラテ、紅茶、オレンジジュースなども用意している。
持ち帰りも可能なので、駅前でふらりと一杯飲みたいときにも立ち寄れる。
普段飲みできるいい豆を、好みに合わせて選べる
『豆屋』の豆は、特別な日の1杯というより、日々の暮らしの中で飲まれている。家庭用に1kg単位で買っていく常連も多い。
そんななか、客の好みに合わせて選ぶことも松村さんの大切な仕事だ。
「先代から、いいものを無理のない価格で出すように、と言われてきました」
松村さんが大切にしているのは、自分の好みを押しつけることではなく、客がどんな味を求めているかを探ること。
酸味が苦手な人、濃い味が好きな人、香りを重視する人。同じ「おいしい」でも、人によって感じ方はまったく違う。
「お客さまと話すたび、人の感じ方ってこんなに違うんだなと教えていただいています。これを買った方が、もう少し濃いほうがいいと言ったら次はこっち、酸味が弱いほうがいいならこっち、という流れがだいぶできてきました」
豆は真空パックで販売。光や温度、空気がコーヒー豆の劣化の要因になるため、開封前は暗く涼しい場所で保管し、開封後はなるべく早めに飲み切るのがよいという。購入したあとの相談ができるのも、専門店の『豆屋』だからこそ。
いろいろな話を伺いながら、カウンターに差し出されたデミタスカップ400円。店頭で飲めるのは、松村さん自慢のブレンドコーヒーだ。小さなカップに注がれたコーヒーは、ほどよい酸味とコクがあり、豆の香ばしさがしっかり立つ。気取らない味わいで、家でも気軽に飲んでみたくなった。
カウンターの中では松村さんとの穏やかな時間が流れる一方、背中側では駅前を行き交う人の気配が絶えない。落ち着きと、落ち着かなさの同居も長年変わらぬ『豆屋』の日常だ。
焙煎はほぼ独学。常連客の声に育てられてきた
焙煎は、先代から基本を教わりながら、松村さん自身が試行錯誤して身につけてきた。この店を引き継いだばかりのころは、コーヒー豆に焼きムラが出ることもあり、常連客から厳しい言葉をもらったこともあるという。
「お客さまから言っていただくことは全部聞いて、吸収しようと思っていました。ですから、次に買っていただいたときに、『今度はよかったよ』と言われると、すごくうれしくて」
豆は入荷後にハンドピックし、状態の悪いものは取り除く。虫食いや欠点豆は、焼いてもおいしくならないからだ。
「コーヒー豆は野菜や果物と同じ農産物。ロットによって状態にバラつきが出ることもあります。だからこそハンドピックが必要で、できるだけ良い状態の豆を選り分けています」
コーヒーの世界には、深くのめり込む人も多い。そんな中で松村さんは「普通に好き」なくらいだと言う。日々、店頭に立ち、コーヒー豆を焼き、お客さんの話を聞くうちに、その奥深さを知っていった。
「コーヒーが好きで続けてきた、というよりは生活のためです。すみませんね、素敵なコーヒー屋のストーリーを描いていたかもしれないけど」と、松村さんは笑う。その言葉に、かえってこの店の実直さがにじむ。
高級志向に振り切るのではなく、毎日飲める価格で、できるだけ良い状態の豆を届ける。
家でいつもの1杯を楽しむ人、駅前でひと息つく人、常連同士で世間話をする人。
『豆屋』は、そんな日々の時間に寄り添い続ける、駅前の小さなコーヒースタンドだった。
取材・文・撮影=パンチ広沢





