泊まりで名古屋出張。さて、何を食べる?

名古屋出張の話が入った。

取材は朝からなので、前日に名古屋に移動してホテルに泊まる必要がある。編集さんやクライアントさん、カメラマンさんとは当日に現地集合だ。つまり、前日に名古屋入りしてからは一人で自由に過ごせる。

しかも、今までの出張は交通手段やホテルを編集さんが手配してくれていたが、今回は自分で手配する必要があるという(もちろん経費は出るが)。まるで旅行のように自由度が高い。前日の朝に名古屋入りして丸1日観光することだって可能だ!

……とは言っても、しないだろうなぁ。

私はたぶん、『さんたつby散歩の達人』で文章を書いている人間の中でもっとも出不精だと思う。

かつて結婚していた頃、元夫に、比喩ではなく地球の裏側まで連れて行かれたことがある。行ってしまえば、現地の文化や言語に興味を持って楽しめるのだけれど、自分一人だと、都内ですらなかなか出かけられない。信じられないほどフットワークが重いのだ。そんな私なので、今回も名古屋観光はしないだろう。

しかし、名古屋で食べるごはんだけは楽しみだ。

名古屋といえばひつまぶしだろうか。昔、元夫と交際していたときに名古屋で食べたことがある。おいしかったが、ひつまぶしのお店に一人で入るのは少し緊張する。もっとカジュアルなお店がいい。

そこで東海地方の人の意見を聞こうと、三重県在住でライターをしている友人にLINEで尋ねたところ、「矢場とんがいいんじゃない?」と言われた。

矢場とん、聞いたことある!

検索してみると、名古屋名物である「みそかつ」のお店らしい。みそかつって、わかるようでわからない。とんかつなのはわかるが、下味が味噌なのか、とんかつに味噌がかかっているのか。味噌は甘いのか、しょっぱいのか。

しかも、調べたところ矢場とんはチェーン店で、東京にも店舗があった。

「出張先でわざわざチェーン店?」と思う人もいるかもしれないが、私は、出張先でのチェン飯はアリ派だ。チェーン店であればこの連載で取り上げることができるし、個人店に比べて敷居が低いというか、一人でも入りやすい。

それに、たとえ東京にも店舗があったとしても、本場の店舗はひと味違うはずだ。私は札幌出身で、トリトンという回転寿司チェーンが大好きだが、東京にも店舗があることを知っていてもなお、帰省するたびに札幌のトリトンへ行く。昔から地元の人たちに愛されつづけている、その店舗ならではの空気を楽しみたいのだ。

だからきっと矢場とんも同じで、東京の矢場とんに行くのと、本場・名古屋の矢場とんに行くのとでは、何かが違うだろう。

名古屋出張の夕飯は矢場とんに決めた。

方向音痴ゆえ、目的地にたどり着けるか心配

私はものすごい心配性である。普段の取材も、「道に迷って遅刻したらどうしよう」と不安になるため、集合時間の30分前には現地に着いているようにしている。

そんな私にとって、名古屋出張は心配のオンパレードだった。新幹線に乗り遅れたらどうしよう、忘れ物をしたらどうしよう、道に迷って遅刻したらどうしよう。心配事が多すぎて、出張の数日前からソワソワと落ち着かない日々を過ごした。

一番の懸念点は、取材場所にたどり着けるかどうかだ。私は方向音痴の本を出しているくらいの方向音痴なので、とんでもなく迷う可能性がある。

母と電話で話したときにその心配を漏らしたら、「前日に下見に行けばいいんじゃない?」と言われた。

その手があったか!

前日は、16時にホテルに着くよう新幹線を予約している。下見をする時間は十分だ。

そんなわけで、名古屋に着いたらまず取材場所の下見に行くことにした。

散歩が苦手なのがコンプレックス

当日、「新幹線に乗り遅れないようにしなきゃ」と思うあまり、新幹線が発車する1時間前に新横浜駅に着いた。待合室でコーヒーを飲み、時間をつぶす。

数日前に衝動的に始めたマッチングアプリを見ていたら、同世代の顔の整った男性とマッチングが成立した(いいねが来た相手にいいねを返すとマッチングが成立し、メッセージのやり取りができるようになる)。

さっそく、その男性からメッセージが来た。しかし、いきなり長文で沖縄旅行の感想が送られてきて怯む。えっ、コミュニケーションってこういうものだっけ?

怯みながらも「沖縄いいですよね! 何度か行ったことがあります。私も美ら海水族館に行きました」みたいな、当たり障りのない相槌を返したところ、「私はパートナーシップにおいてもっとも重要なのはお互いに誠実であることだと思います」という書き出しの長文のパートナーシップ論が返ってきて、頭を殴られたような気がした。

えっ、沖縄旅行の話してなかったっけ? 私が気絶してる間に3ターンくらい会話進んだ?

呆然としていると新幹線がホームに入ってきて、微妙な気持ちのまま乗り込み、予約していた窓際の席に座った。

窓の外を眺める。話の飛躍がすごい人はブロックし、それからは、数日前にマッチした気さくな人とメッセージのやり取りをした。地元の積雪量の話とか、実家で飼っていた犬の話とか、好きなパンの話をする。旅情は失われたが、楽しかった。

そうこうしているうちに、あっという間に名古屋駅に着いた。そのまますぐ栄駅に移動し、予約していたホテルにチェックインする。迷わずに移動できた。

SUNSHINE SAKAE周辺。
SUNSHINE SAKAE周辺。

さて、すぐに明日の取材場所の下見に向かう。栄駅から地下鉄に乗って15分。日曜の夕方で、遊んできた帰りと思われる人が多い。

東京との違いを見つけようとするも、あまり見つからない。駅名が聞きなれないだけだ。途中で名古屋城駅があり、「ここで衝動的に下車して名古屋城に行くようなバイタリティのある人間だったら、もっと面白いエッセイが書けるんだろうなぁ」と思う。もちろん、下車しない。

目的の駅で降りる。いくつかの路線が乗り入れていて、駅周辺が複雑で少し迷った。

Googleマップを頼りに目的地へ向かう。その間、YouTubeの「オモコロチャンネル」をイヤホンで聞きながら歩いた。私は初めての土地を歩くときほど、聴きなれたラジオやYouTubeチャンネルを流してしまう。そうやって、心細さを落ち着かせているのだと思う。

駅周辺はごちゃごちゃしていたものの、目的地までの道のりはかなり寂しく、歩いている人も少なかった。道はGoogleマップで見るほど複雑ではなくて、迷わずにたどり着けた。

心底、下見をしておいてよかった。おかげで、心配度が90%から30%くらいまで下がった。

栄駅に戻り、ちょっと散策でもしようかなと思うものの、どうしても気が乗らない。散歩メディアで連載をしているくせに、一人で散歩をするのが苦手なのだ。知らない街で目的を決めずに移動するのはなんだか心細いし、味のある路地とかを見ても、そこまで好奇心をかきたてられない。つまらない人間だなと思う。散歩が苦手なのは、私のちょっとしたコンプレックスだ。

結局、寄り道せずホテルに帰り、ひと休みした後、矢場とんへ行くことにした。

矢場とんもホテルでの時間も、私はちゃんと楽しめている

ホテルを出たらすでに暗かった。夜の栄はにぎわっていて、すすきのをもう少し爽やかにした感じ。Googleマップを見ながら寄り道することなく歩き、最寄りの矢場とんへ行く。てっきりいろいろな飲食店が入った雑居ビルだと思っていたら、こざっぱりとしたオフィスビルの地下にあった。

待たされることなくカウンター席に案内される。タッチパネルではなく、店員さんが注文を取りに来る形式だ。

私は初めての店では、その店の定番というか、もっともオーソドックスなメニューを食べたい。なので、一番目立つところに「名物」「一番人気」などの言葉と一緒に表示されているメニューを注文することにしている。

矢場とんでは、それが「わらじとんかつ」だった。お皿にキャベツが盛られ、わらじサイズ(?)の大きなトンカツがのっている。ごはんとみそ汁をつけることもできるらしい。私はたぶんそんなには食べられないので、単品で注文する。

すぐにわらじとんかつが運ばれてくる。想像以上に量が多くて、中年以降めっきり少食になった身としては、食べきれるか心配だ。いかにも熱そうなとんかつに、店員さんが目の前で味噌だれをかけてくれた。もっとどろりとしたたれを想像していたが、意外とさらさらしている。

食べてみると、思っていたよりも甘くなくてさっぱりしていておいしい。名古屋は味が濃いと聞くが、押しつけがましさのない優しい味だ。

お肉もいいお肉なのだろうか、ぜんぜん脂っこくなくて、すいすい食べすすめられる。確信を持って言えるけれど、これは絶対にご飯に合う。ご飯が入らない自分の胃の容量が恨めしい。

1皿食べきると、ちょうどいい具合におなかがいっぱいになった。苦しさはなく、満足感だけがある。

矢場とんを出て夜風を浴びながらコンビニに入り、缶チューハイを2本買った。ホテルに帰ってシャワーを浴び、チューハイを飲みながら、マッチングアプリの気さくな人とメッセージのやり取りをする。お互い、「そこまでお笑い好きじゃないけど数年前にルミネtheよしもとに行ったことがある」という共通点があることが判明した。

思えばここ数日、出張のことで心配したり緊張したりしてソワソワしていた。けれど、取材場所に下見に行ったおかげで不安要素はかなり減り、今はリラックスして過ごせている。

出張先のホテルで過ごす時間は、思いのほかいいものだ。小心者で出不精で、夜の栄を散歩することができない私だけれど、矢場とんもホテルでの一人時間も、ちゃんと楽しめている。私には私の楽しみ方がある。

明日は早くから取材だ。生真面目な私のことだから、明日もちゃんと朝早くに目を覚まし、時間よりだいぶ前に集合場所へ到着するだろう。

大丈夫、ちゃんとできる。私は本番に強いから。

穏やかな気持ちでピシッとしたシーツにくるまり、radikoを聴きながら眠りについた。

文・写真=吉玉サキ(@saki_yoshidama

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