「来るもの拒まず去る者追わず」の気風

千住の年表を作りたいと編集長(『散歩の達人』)から言われて出来事を書き出してみて、千住の30年はなんと激動の時代だったことかとあらためて思う。私自身、大阪から千住に移住したのが約30年前の1993年。東京に暮らすことにわくわくしながら、どこに住もうかとぶらぶら歩いたが、どの街にも何か物足りなさや違和感を感じていた中、ふと降り立った千住に強く魅了され、そのまま30年以上暮らし続けている。

30年前の千住は、東京23区内ながらオフィス街でも観光地でもなく、物価の安い「暮らし」のある街だった。北千住駅西口から延びる通称「飲み横」の、まだ戦後の空気をまとった間口の狭い小さな店が立ち並ぶどこか猥雑で雑多な賑(にぎ)わい。荒川と隅田川に囲まれた約2km四方の小さな島の中に20軒近い銭湯があって、近所に必ずあるもつ焼き屋や小さな飲み屋とセットで楽しめたこと。水産物専門の卸売市場があることもあり安くてうまい飲食店が多いこと。商店街に活気があり、餅菓子屋や豆腐屋、大衆食堂などの個人商店が現役で人の暮らしの中に息づいていたこと。

そして何より、古い街にありがちな、よそ者を排除するプライドの高さを感じさせず、地方から出てきた私を「千住は江戸のところばらいの街だからね」と多少自虐も込めたジョークで歓迎してくれ、肩の力を抜いて暮らすことができた。後に千住が江戸四宿の宿場町の一つだったことを知り、「来るもの拒まず去るもの追わず」の気風は、宿場町気質なのかもと思うに至るが、それは30年経った今も息づき、若い世代が新しい事業や活動をはじめるとき「地元の人がさりげなく応援してくれた」という声をよく聞く。

通称「飲み横」。戦後から変わらぬ狭い間口の飲み屋が軒を連ねるが、若い世代の出店が増え、新旧入り混じるゾーン。飲み横入り口付近の再開発が検討されている。
通称「飲み横」。戦後から変わらぬ狭い間口の飲み屋が軒を連ねるが、若い世代の出店が増え、新旧入り混じるゾーン。飲み横入り口付近の再開発が検討されている。

街の若返りと新旧モザイクの魅力

その後、足立区の大学誘致もあり、少子化により統廃合された小中学校跡地などを活用して5つの大学が千住にやって来たことはプラスの変化だった。5大学に通う学生の数は約1万6000人、街が若返った。子供向けの講座や区民向け音楽会などが提供され、大学が暮らしの身近にある。東京藝術大学と足立区は「音まち千住の縁」というまちなかアートプロジェクトを共催し、学生たちが街に出て住民と一緒に取り組む企画も多く、30年前の千住にはなかった「アート」と「カルチャー」の印象が街に加わっていった。

昭和13年(1938)築の和洋折衷住宅をリノベーションした『和食板垣』。世代交代のタイミングで開発事業者の手に渡る寸前、地元企業の若き社長が購入し、建物のもとのたたずまいを生かし和食店を開店。
昭和13年(1938)築の和洋折衷住宅をリノベーションした『和食板垣』。世代交代のタイミングで開発事業者の手に渡る寸前、地元企業の若き社長が購入し、建物のもとのたたずまいを生かし和食店を開店。

プラスして、古い街であるが故(ゆえ)に多い「空き家」という負の遺産を逆手に取り、家賃が抑えられるメリットを生かして若い世代が古民家をリノベーションしてカフェや飲食店、アートスポットなどを展開することが増えた。歴史や文化もある一方で、便利な駅ビルやおしゃれなファッションもあり、新旧モザイクの魅力が注目されるようになった千住。

歓迎したい街の変化の一方で、キングオブ銭湯と呼ばれた「大黒湯」の閉店、20軒近くあった銭湯は2026年3月現在6軒となるなど古きよきものが消えていくシーンにもいくつも立ちあった。30年前に散歩の達人編集長に「千住の特集やりましょうよ」と提案したときには「千住? 何があるの?」なんて言われたものだが、今や穴場な街ランキング1位を独走し、人気の街に名を連ねるようになった結果、世代交代のタイミングなどに、大小のマンション開発・再開発の触手が千住の街に伸び始めている。街が変わることを憂うつもりはないが、新旧が入り混じることが魅力といわれる千住の「旧」、つまり街の育んできた歴史や文化、個性を配慮した変化が求められているのではないだろうか。

千住の30年を振り返れば、より魅力的な街に進化して来た30年だったように思う。だからこそ、変わりゆく今が、正念場なのかなと思う。

千住のこれまで

2000年10月
放送大学東京足立学習センター 綾瀬から移転
2004年
北千住駅西口地区 第一種市街地再開発事業完了
「北千住マルイ」オープン
2005年8月
つくばエクスプレス開業
2006年9月
東京藝術大学千住キャンパス開設
2007年4月
東京未来大学堀切キャンパス開学
2010年4月
帝京科学大学千住キャンパス開設
2012年4月
東京電機大学東京千住キャンパス開設
2014年4月
「ポンテポルタ千住」オープン(千住大橋駅周辺地区まちづくり事業の一環)
2015年
SUUMO住みたい街ランキング首都圏版穴場だと思う街ランキングで「北千住」が1位(2026年現在12年連続1位※2018年より調査方法を一部変更)
2021年
キングオブ銭湯「大黒湯」閉店・解体
千住のシンボル「大橋眼科」閉院・解体
2022年10月
旧板垣家住宅主屋(和食板垣) 国登録有形文化財に登録
2025年
千住宿開宿400年千住宿商店街(日本一長い宿場町商店街)発足
2026年
千住大川端地区開発計画が進行中、北千住駅東口駅前、北千住駅西口駅前地区の再開発事業が検討中

取材・文=舟橋左斗子

大阪生まれ。広告代理店勤務を経て、フリーライターに。結婚を機に1993年より東京へ。足立区千住の住人となる。千住にほれ込み友人らと1996~2015年、タウン誌『町雑誌千住』を発行。著書に『足立区のコト。』(彩流社)。

撮影=丸毛 透
『散歩の達人』2026年4月号より

「リノベーション」と簡単に言うけれど、修繕や耐震補強が必要な建物を維持し、活用するのはたやすいことではない。それでも、唯一無二の歴史ある空間を残したいという一心で奔走する人がいるからこそ、街の建物は守られ、再生され、受け継がれていくのだ。
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