数の子ミュージックメイト

1988年生まれ。身内音楽収集家。一般人の歌や演奏が収録された音源を「身内音楽」と呼んで、収集。DJやトークイベントなどで、これまで集めた身内音楽を発表。ライブストリーミングチャンネル「DOMMUNE」にも不定期で出演中。X:canD_chewZ

「身内音楽」とは?

合唱コンクールやスナックのカラオケ、誰かに向けたメッセージなど、一般人の歌や演奏、言葉が収録された音源のこと。レコード・CD・カセットを主なメディアに、戦前から令和まで幅広いスケールがある。写真は、数の子さんのコレクションの一部。写真上の緑のレコードは、とある夫妻の結婚式の模様を収めた音源。乾杯の挨拶から余興のカラオケまで入っている。写真右は、アミューズメントマシン「レコスタ」で作られたカラオケ音源。

忘れ去られた市民の声と記憶が、よみがえる

都内某所の大型リサイクルショップ。数の子ミュージックメイトさん(以下、数の子さん)は、店内奥のジャンク品コーナーを一直線に目指す。棚一面にずらりと並ぶ青いケースには、レコードやCDがぎっしり。値段はどれも100円と破格だ。数の子さんが真っ先に手を伸ばしたのは、8cmCDのケース。「昔ゲームセンターに、カラオケをその場で8cmCDにしてくれる『レコスタ』というマシンがあったんです。それが時々紛れているんですよ」と話しながら背表紙を一瞥(いちべつ)する。しかし、残念ながらこの日は発見ならず。

次にチェックしたのが、ジャンク品コーナー最大のボリュームを占めるレコード。重たいケースを引き出し、中腰になって1枚ずつめくって探さなければならない。片っ端から探っていったところ「お、あったっすね!」と、おもむろに1枚のレコードを取り出す数の子さん。手にしたのは、神奈川のとある高校の合唱コンクールの録音。開始10分で第一身内音楽を発見とは、幸先が良い!

ずいぶん重そうですね。「レコード収集仲間と分担して探すのが効率いいですね」。
ずいぶん重そうですね。「レコード収集仲間と分担して探すのが効率いいですね」。

当初「1つの店で1個見つかればいいぐらい」と言っていた数の子さん。なんとこの日は学校モノのほか、詩吟の練習(手書きの歌詞付き)、子供たちのピアノ演奏を吹き込んだレコードなど、想像以上の収穫!

探すうちに、華美な装飾のないデザインなど“身内音楽あるある”も徐々に見えてくる。身内向けなのでパッケージに労力をかけないことが、背景の一つだろう。身内音楽は1枚見つかれば、周辺にも潜んでいる可能性が高いという。同じ持ち主から買い取られたCDやレコードに紛れ込み、ドサッとジャンク品コーナーに置かれる場合があるからだ。ここにたどり着くまでの経緯に思いをはせるのも、また身内音楽の楽しさだ。

えっ何してるんですか!?「匂いも身内音楽を見つけるヒントになるんです」。
えっ何してるんですか!?「匂いも身内音楽を見つけるヒントになるんです」。

市井の音楽は時代を映す貴重な資料

「昔からハードコア・パンクやモンド・ミュージックなど、既成概念に捉われない音楽が好きでした。レコードでも、客席の声や屋外の音まで拾ったライブ盤のような、その場の空気感が伝わるものが好きでした」と、数の子さん。2011年に地元の『ハードオフ』に行った際、合唱コンクールのレコードを偶然見つけ、買ってみることに。

「聴いてみたら、音が悪いけれど生々しい感じに、一気に惹(ひ)き込まれました。当初はただ集めるだけでしたが、情報収集を兼ねて、2016年頃からSNSでの発信や身内音楽を流すイベントも始めました」

音源を通して、時代の空気感まで伝わってくる。それが身内音楽の大きな魅力だ。

「面白いのが、時代とともにしゃべり方が変わること。1960年代に録られたものは割とお堅いしゃべり方ですが、70年代になると個性が出てくる。80年代になると一気にテレビのようなしゃべり方になるんです。自分の声をカセットに録音することが当たり前になって、マイク慣れしてきたのも影響しているかもしれません。ジャケットのデザインや添えられたコピーにも、当時の流行が凝縮しています。一般流通しているもの以上に、庶民のリアルな暮らしや時代感覚を反映しているんです」

独特の塗料の香りがします。「身内音楽に多い『ラッカー盤』を探すのがカギです」。
独特の塗料の香りがします。「身内音楽に多い『ラッカー盤』を探すのがカギです」。

これまで収集した身内音楽は、ゆうに数千枚を超えるという。まだ表に出ていない身内音楽もあるだろうと予測する。

「リサイクルショップには、2000年代以降のものはあまりありません。おそらくまだ各家庭で保管されているのだと思います。15年後には、AKBの『ヘビーローテーション』を合唱で歌ったCDが出てくるかもしれません。身内音楽の発掘は、終わりのない作業です」

ぱっと見、普通のジャケットですが……。「昭和56年の校内合唱祭です! 神奈川のものが多い印象です」。
ぱっと見、普通のジャケットですが……。「昭和56年の校内合唱祭です! 神奈川のものが多い印象です」。

取材・文=村田あやこ 撮影=鈴木愛子 撮影協力=ハードオフ八王子大和田店
『散歩の達人』2025年10月号より