【案内人】『MUSIC MAGAZINE』編集長 矢川俊介さん

「食からレコードまで、いつも新しい発見のある街です」。
「食からレコードまで、いつも新しい発見のある街です」。

1976年生まれ。2023年に『MUSIC MAGAZINE』編集長に就任。時折なじみの店でDJをすることもあり、そのためのレコードを神保町で探すこともしばしば。中野近辺で飲むことも多い。

めくるめく音盤の世界に入り浸る『ECHO RECORDS』

「その時々の流行に左右されない、独自のセレクトが魅力的」(矢川さん)。
「その時々の流行に左右されない、独自のセレクトが魅力的」(矢川さん)。
店内にはターンテーブルを設置。気になるレコードをその場で試聴できる。
店内にはターンテーブルを設置。気になるレコードをその場で試聴できる。
1階エントランスには店主の知人による古着屋『Hunsy』も展開。
1階エントランスには店主の知人による古着屋『Hunsy』も展開。
カウンターにはお客さんが集まり盛り上がることも。
カウンターにはお客さんが集まり盛り上がることも。

階段を上がると現れるレコードたち。「自分の好きなものしか置かない」と店主の堂岡武さんが自信を持っておすすめする知られざる名作を、バーカウンターもあり、天井が高く落ち着いた空間で、コーヒーやお酒を飲みながら聴くことができるのが魅力。海外からも噂(うわさ)を聞きつけたお客さんがやってくる。

13:00~20:00、水休。

堂岡さんおすすめの3枚

中川イサト『1310』

日本を代表するフィンガーピッカーの名作。テクニカルかつ優しい味わいのあるギター・インストが心地よい。

Jandek『Somebody In The Show』

1990年だけど時代性を全く感じさせないアシッド・フォークの伝説。堂岡さんは「時差を感じさせるサイケ」として彼の作風を「時サイケ」と命名。

Fear Itself『Fear Itself』

1990年代にフリーソウルの流れで人気があったエレン・マキルウェインが短期間結成していたバンド。堂岡さんいわく、彼女は神戸で生まれ育ったそう。

ジャズと古本が織りなす空間『Donato』

「手書きの解説ポップから、店主の熱量が伝わってきます」(矢川さん)。
「手書きの解説ポップから、店主の熱量が伝わってきます」(矢川さん)。

「子供の頃からなじみのあるこの街でやりたかったんです」と店主の加藤寛之さん。流行に左右されず、吟味して買う人たちがやってくるという。ジャズを中心に、お手頃なものからレア盤まで、地に足のついたラインアップ。古書も取り扱い、ジャズ関連、ノンフィクションや批評など個性的なセレクトが光る。

住所:東京都千代田区神田神保町1-39-8 ハウス神保町2F
/営業時間:14:00~19:00(金は~22:00)/定休日:日/アクセス:地下鉄神保町駅から徒歩5分

加藤さんおすすめの3枚

Spontaneous Combustion『Come And Stick Your Head In』

のちのレッキング・クルー勢も参加したジャズ・ファンク~ロックの傑作。1969年リリースとは信じられないほどモダンな楽曲が揃う。

Ray Russell『Live At The I.C.A.』

イギリスのジャズ・ギタリストによるフリージャズ寄りの1971年作。ジミヘンのようなフィードバックが印象的。

Eric Dolphy『Naima』

夭折(ようせつ)の天才による1964年録音の未発表作。ジョン・コルトレーンのバラード「Naima」のカバーを収録。

地下で繰り広げられる“音の実験”『肆(ヨン)』

「音楽を聴きながら、お客さん同士で交流するのも楽しいです」(矢川さん)。
「音楽を聴きながら、お客さん同士で交流するのも楽しいです」(矢川さん)。
3階にはテラス席あり。2階はギャラリーに。
3階にはテラス席あり。2階はギャラリーに。
1階のバースペースは、カウンターでお酒を楽しむお客さんでにぎわう。
1階のバースペースは、カウンターでお酒を楽しむお客さんでにぎわう。
店主の杉山さん(右)と、肆の音響を監修するMOODMANさん。
店主の杉山さん(右)と、肆の音響を監修するMOODMANさん。

「自分が『面白い』と思うことは全部やっていく」。と店主の杉山佳世子さんは語る。地下には最高のオーディオを取りそろえた空間。といっても高尚になりすぎず、音楽好きの友達の家に遊びに来たかのように和める。あらゆる分野で活躍するDJやセレクターが選曲を行うことも。

住所:東京都千代田区神田神保町1-9-23/営業時間:11:30~23:30/定休日:不定/アクセス:地下鉄神保町駅から徒歩1分

気取らずに料理と音楽を楽しむ『ムンド不二』

「高円寺にあった頃から知っていたお店です」(矢川さん)。
「高円寺にあった頃から知っていたお店です」(矢川さん)。
フェンネルペーストのパスタ1600円、カツオビーツマリネ・レンティル豆とスペルと小麦・カポナータの3種盛り1500円、インド富士サワー600円。
フェンネルペーストのパスタ1600円、カツオビーツマリネ・レンティル豆とスペルと小麦・カポナータの3種盛り1500円、インド富士サワー600円。

東小金井や高円寺を経て、この地に移ったきっかけは、その前に営業していた料理店に刺激されて。「気取らずに食事ができた」そんな意思を受け継ぎ、多彩な料理を楽しみながらゆっくりと時間を過ごせる場所に。常連さんや近所の人の提案から、自然と音楽イベントが生まれることも。古書の販売もあり。

12:00~14:30・18:00~23:00、日・月・祝休。

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訪れるごとに、新たな出会いがある

神保町には、長い時間のなかで積み重ねられた知と文化がギュッと詰まっている。古書店や飲食店を巡るうちに、いつの間にか自分だけのお気に入りコースができていく。どの店も独自のセンスを持ちながら、過剰に主張することなく、好きなことを大切にしながら堅実に営んでいるのが伝わってくる。だからこそ訪れる人ものんびりと、その心地よい空気を味わえる。そして音楽に目を向ければ、街歩きの楽しみは一層広がっていくだろう。

音楽雑誌『MUSIC MAGAZINE』の編集長・矢川俊介さんにとって、神保町は20年以上通い続ける職場であり、日常の舞台だ。矢川さんが足繁(しげ)く通う4つの店から、この街の魅力をのぞいてみたい。矢川さんが街を歩くのは昼間のランチが多く、特にカレーの『パンチマハル』がお気に入り。地元に密着しているからか、カレー店のランキングになかなか上がらないのが不思議だと笑う。

音楽にまつわるお店なら『ムンド不二』。矢川さんのなじみである店主の小城正樹さんが切り盛りする、気取らない食堂だ。料理はどれも絶品で、時おり音楽イベントも開催される。「料理がおいしくて、仲間とつい長居してしまいますね」。

レコード店なら『ECHO RECORDS』。世界各国の音楽やジャズ、知られざるロック名盤まで幅広く揃える。値段も手頃で、矢川さんは「ひっそりのぞきに行って、自分のペースで探す」のを楽しみにしている。トレンドに寄らない、独自の選盤が魅力だ。

『Donato』は、近年移転オープンした気鋭のジャズ系レコード店。「特徴的なのは、店主が一枚一枚に丁寧な解説ポップを書いていること。レジで回収されてしまうので、持って帰れないのが残念なくらい。500円のものから高額盤まで揃っています」。

そしてバー『肆』は地下に備えられた音響システムが圧倒的。そこで流れるレコードに耳を傾けているうちに、お店にいる人同士で音楽を介した交流が生まれる。ぜいたくで特別な空間だ。

古書店にカレー、喫茶店にレコード屋。古くからある店と、新しい息吹を感じさせてくれる店が同居している。過去から現代までの文化が折り重なる神保町は、矢川さんにとって「職場として最高の街」。本と音楽に囲まれ、日々新しい発見がある場所だ。「これほど飽きることのない街はほかにない」。矢川さんの言葉には、神保町に対する愛着がにじんでいた。

取材・文=パンス 撮影=加藤熊三
『散歩の達人』2025年10月号より

これまで幾度も月刊『散歩の達人』で特集を組んでいるこのエリアは、歴史を感じさせながらも常に変化を続けてきた街だ。でもここ数年、明らかに大きな変化の兆しを見せている。歩けばすぐに分かるはずだ。古書店街にはあれ?と思わず足を止めてしまうような新しい書店が誕生。飲食店も、ギャラリーも、喫茶店も、これまでとはひと味違う。歴史に溶け込みながらも、この街にいい違和感と刺激を与える存在として輝き始めたのだ。それでは、2023年に生まれ変わった『ミロンガ ヌオーバ』を皮切りに、22年以降オープンの気鋭の新店やリニューアル店をご案内しよう。洒脱な雰囲気のなかに、絶妙に偏愛が見え隠れする街の進化を見届けてほしい。
レトロ建築を紐(ひも)解けば、その街の歴史も見えてくる! 昭和初期の建物が点在する神田・神保町・御茶ノ水エリアで建築史家の倉方俊輔さんが「ここぞ!」と選んだ4つの建築をご案内。
上質な料理なのにリーズナブル。味わえば、驚いてしまうほどのおいしさ。御茶ノ水・水道橋エリアにはチェーン店もあるが、ローカルな旨い店が多く、店主も粋で気さくだ。そんな中から、ランチやディナーにおすすめの厳選13店をご紹介! ちょっと一杯という人には居酒屋もどうぞ。後半ではテイクアウトで楽しめるグルメもまとめました。味に人に癒やされに、訪ねてみてはいかが?