書評サイトからの出発。メディアから本を売る場へ
神保町に計4店舗のシェア型書店を構える『PASSAGE by ALL REVIEWS(パサージュバイオールレビューズ)』。代表の由井緑郎さんは、この店のオープンに至った経緯をこう話す。
「私の父は鹿島茂という仏文学者、評論家なんです。そこで評論家たちの書評をデジタル化してはどうかとウェブメディア『ALL REVIEWS』を立ち上げたのがそもそものきっかけでした。国会図書館に通い書評を集めるという地道な作業を繰り返していました」
そんな中、当時、下北沢にあった書店のアンテナショップ「BOOKSHOP TRAVELLER」で棚を借り、書評本を販売するという経験をした。これが大きな気づきとなる。
「古書店では50円の価値しかないといわれた書評本が、作家のサイン入りだとなんと2000円以上で売れたんです。作家と読者を直接つなぐ価値があると実感した瞬間でした」
そこからの由井さんの動きは、実に素早く大胆。ちょうどコロナ禍だったこともあり、コワーキングスペースにしようと借りていた物件をシェア型書店にすることに決める。
「自分1人ですべてをやり切れるシステムを作りたかった。なので、現金を扱う手間、スリップ管理、在庫管理、既存の書店の作業を徹底的に削ぎ落としました。会社員時代のIT知識を総動員して、手間がかからない仕組みを構築していったんです」
店内の本棚を見ると『ALL REVIEWS』の参加書評家のほか、作家や文化人の本棚も多い。
「好きな作家さんや評論家がおすすめする本……つまり“推し”の“推し”ということですね。これならば、手にとってくれる人が多いのではと思いました。また、お店も手作りで、SNSで工事の様子をアップしました。それに共感してくれるファンもできました」
持続可能性を高めたい。新しい書店の形
こうして誕生したシェア型書店だが、一般の人も棚主になれるのが大きな特徴だ。高校生から90代まで、幅広い年齢層が棚主として参加しているという。
「最初は地方の古書店さんなんかが棚主になってくれると思っていたんですが、フタを開けてみたら純粋な本好きや作家のフォロワーさんが自由に本を売るようになりました。今は店舗数も増えて3年で合計1500もの本棚=書店ができたことになります。そう考えるとなかなかうれしいですよね。売りたい本を、自分の情熱のままに売れる場所にしたい。僕自身は、選書する立場よりも『場所を作る』ことに徹しています。昔からそういう環境づくりのような作業が好きなんです」
由井さんには今、目指していることがある。それは『PASSAGE』で培った販売・管理のノウハウである「SOLIDAシステム」を世に広めることだ。
「このシステムを他の書店や場所に提供することで、本のタッチポイントを増やしたい。今年(2025年)のうちに10件、来年100件の導入を目指しています。既存の書店にシェアできる本棚を作るというのはもちろん、飲食店やバーなど、コミュニティーが発生する場所の一部をシェア型書店にするのも面白いと思います」
そして由井さんは最後に書店や長年寄り添ってきた本への愛がにじみ出た言葉を放った。
「書店が潰れない世界を作りたいんです。本がない世界を子供たちに残したくはないんですよ」
【TOPIC】神保町に誕生した最新シェア型書店『ほんまる神保町』
2024年4月、直木賞作家今村翔吾さんが立ち上げた。364もの本棚が並ぶ。出版社など法人の出店もあるが個人棚主も全体の7割を占める。ロゴ、店舗デザインはデザイナー佐藤可士和さんが担当。棚主が一同に会す「棚主総会」を開いたところ70人以上もの人が集合したそう。こちらでもシェア型書店文化が沸々と湧き上がっている。
取材・文=半澤則吉 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2025年5月号より