魅力は、関内駅から伊勢佐木長者町、そこからさらに阪東橋まで続く大通り公園をマッタリと歩く楽しさ。まっすぐで、とにかく長いレンガの通り、両端には新旧の建物が混在して並び、なんというか……この雰囲気は他にありそうでない独特な雰囲気がある。イメージとして正しいか分からないが、昭和の遊園地で流れているような、陽気だけどどこか不穏なアコーディオンのワルツが聴こえてきそう。

別ルートだと山手側から関内へ向かう道も素敵だ。まさしく山手の高台にある高貴な西洋建築を堪能したあと、そのまま石川町の中村川を越えて“ドヤ街”との街並みのコントラストを楽しむ。

全体的に“ノスタルジー”という言葉が一番見合う街、私はそんな関内でふらりと入った酒場で飲(や)ることを楽しみにして訪れる。

やってきたのは関内駅から歩いてすぐ、夕暮れ時に青白く灯る看板には『長八』と記されている酒場である。

我が故郷の酒「高清水」の文字と、縦書き漢数字の桁が少ない電話番号の表記からして、そうとうなお歳を召している酒場とみえる。

オフホワイトの暖簾(のれん)をハマ風が揺らしている隙間をくぐり、ふらりと中へ入ってみよう。

おおっ、広い! そして、大好きな民芸風の店内! 会社の会議室のように奥までずらりと並ぶテーブル、店の約半分には使用中、未使用を含めたカウンターがL字に延びる。

茶色く染まった壁と床、天井からは民芸風照明がいくつもぶら下がり、壁には黄色の手書きメニューがびっしりと並ぶ。いいですねえ……民芸風は、ただただ美しい、それに尽きる。

全体的に茶色の店内に合わせる酒は、やはりビール、正確には瓶ビール。黄金色の麦汁が注がれた、茶色い店内の照明を屈折させながら飲み込む。

ちゃくんっ……ちゃくんっ……茶くんっ……、冷ちゃくておいちゃあ! このまま食道が冷たく潤っているうちに、お料理を満を持してお迎えしたい。

キタキタ、「かつをタタキ」がキタ! ほほお、“を”がなんだか粋ですねえ。見るからに新鮮で、子供がブロックとして遊んでも問題ないくらい身がピンと張っている。

脂で虹色に輝く身を食べると、サクッと、そしてネットリとした舌ざわり。ポン酢も醤油もかけず、そのままかつ“を”の旨味を楽しむのもアリだ。

甘じょっぱい湯気を放ちながらやってきたのは「ナス生姜焼き」だ。まず「ナス」と「生姜焼き」を組み合わせるネーミングセンスがすばらしい。料理はネーミングセンスで売り上げが大きく変わると思う。

しゅくしゅくとしたナスの食感と、甘醤油と、ツンと生姜が効いてうまい。豚生姜焼きがこれほど浸透しているのに、ナス生姜焼きの知名度が低いことが不思議に思えてきた。

ギラッギラと銀色に光る「さんま刺身」は、ほぼクロムハーツ! この切り身をつなげて長財布に付けても、誰もこれがさんまだと気が付かないんじゃないだろうか……。

セクシーとすら感じられるピンクの身は、脂をとろかしながら舌に浸透する。古今亭志ん生師匠が「干物では 秋刀魚は鯵に かなわない」と川柳で詠んだが、このさんまに関してはアジを遥かに凌駕するおいしさ。

壁のメニュー札で「厚切りハムカツ」とふいに目が合った……。売られたメンチは買うしかないだろう、ハムカツだけど。

こちらもいやらしさを含むピンクの割れ目が食欲をそそるハムは、超絶柔らかい。咀嚼すると、ホロホロとほぐれるような食感がたまらない。今まではタイヤくらい弾力のあるハムが好きだったが、最近はこれくらい柔らかいのが好みだ。

 

口開けで飛び込んだのもあって、客は他にいない。この時間は、なんだか自分が特別な人間になったような、そんな錯覚を覚える。外の街並みの想像に浸りながら、こちらでは酒に浸る。店を出て、また阪東橋のほうまでノスタルジーの続きを探しに行ってみようか──。

長八(ちょうはち)

住所: 神奈川県横浜市中区吉田町2-2
TEL: 045-252-7216
営業時間: 11:00~15:00・16:00~23:00
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取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)