スリランカ民主社会主義共和国

インド洋に浮かぶ島国。日本には4万6949人が住むが、2022年の経済危機以降その数は急増している。このうち千葉県に8267人、神奈川県には5967人が在住。ほか茨城、東京、愛知に多い。留学生や会社員、経営者の在留資格が中心。

綾瀬市周辺でガチ系の異国めしが食べられる理由とは?

理由のひとつは厚木基地の存在だ。綾瀬市と大和市にまたがるデッカい軍事空港で、米軍と自衛隊が共用している。だから近隣には米兵が遊ぶ飲み屋やレストランなんかも点在しているし、英語が堪能なことから基地内で働くフィリピン人のコミュニティーがあったりもする。また工場がたくさんあるので、そこで働く外国人の技能実習生や、日系ブラジル人も多い。

さらに1980〜90年代、大和市には「難民定住促進センター」なる施設があった。ベトナム戦争後の混乱や、内戦のカンボジアを逃れてきた人々を受け入れた場所だ。この施設で日本語を学び就労支援を受けた難民たちが、周辺地域に散っていき、いまでは2世の時代になっている。

こうした下地があるため、外国人にも貸してくれる物件が多かったり自治体も多言語対応が進んでいたりして、外国人が暮らすためのインフラが整っている。それがさらに外国人の流入を促し、結果としてこのあたりではガチ系の異国めしが食べられる……というわけなのだ。

で、ここ『アイシャ・キッチン』はスリランカ人が集まってくる店として知られている。特徴的なのは「イスラム教徒のスリランカ人」のコミュニティーであること。インド洋に浮かぶ島国スリランカは人口の70%が仏教徒で13%がヒンドゥー教徒。わずか10%足らずのイスラム教徒である彼らがこの綾瀬では存在感を見せている。

『アイシャ・キッチン』。
『アイシャ・キッチン』。

ではそんなスリランカのイスラム教徒と仏教徒、食べているものに違いはあるの? と、店のボス・シファーンさんに聞いてみると、「うーん、そんなに変わらないかなあ」とのお答え。

レストランだけでなく中古車ビジネスでも活躍する店主のシファーンさん。
レストランだけでなく中古車ビジネスでも活躍する店主のシファーンさん。

もちろんイスラム教徒が口にするのは戒律で許されたハラル食材だけだが、ほかにもなにか独特な料理はないかと思ってメニューをめくっていると、やっぱりあるじゃないですか。牛のモツをじっくり煮込んだババスカレーだ。これ、ほどよいコッテリ加減と、モツの歯ごたえや旨味がたまらない。パラタにぴったりだ。スリランカの多数派である仏教徒は牛を忌避する人が多いし、ヒンドゥー教徒にとってはタブーだから、これはまさしくスリランカ・イスラムならではの一品といえるのではなかろうか。仏教徒の多いスリランカ料理店では見ないメニューだ。

ほかにも南アジアのイスラム教徒に愛されるスパイス炊き込みご飯ビリヤニはここでも人気のようで、ほかのテーブルを見ても食べている人が多い。ややしっとり目に炊き上げたバスマティライスと柔らかにほぐれるマトンとの組み合わせはやっぱりいける。付け合わせのヨーグルトを混ぜながら食べると、スパイスの刺激が柔らかくなるし味変にもなって楽しい。カレーやサラダ、それにゆで卵を添えるのが、スリランカ独特のスタイルのようだ。

宗教を問わず好まれているスナック、ホッパーも店の売れ筋だそうな。米粉とココナッツミルクを混ぜて焼いたもので、卵をのっけたゴージャスなやつもある。周縁カリカリ、中央もっちりな食感がいい。特製のチリペーストやカレーと食べてもおいしい。

ちなみにおすすめドリンクはスリランカ定番のEGB。ジンジャーエール的な炭酸飲料だ。

中央から時計回りに、ババスカレー(牛モツのカレー)1000円、パラタ(生地を折りたたんで焼いたパン)150円、マトン・ビリヤニ(羊のスパイス炊き込みご飯)1300円、ホッパー(米粉とココナツのクレープ)200円、EGB(ショウガジュース)。
中央から時計回りに、ババスカレー(牛モツのカレー)1000円、パラタ(生地を折りたたんで焼いたパン)150円、マトン・ビリヤニ(羊のスパイス炊き込みご飯)1300円、ホッパー(米粉とココナツのクレープ)200円、EGB(ショウガジュース)。
ホッパーを焼く専用のフライパン。
ホッパーを焼く専用のフライパン。

『アイシャ・キッチン』にはスリランカ風の総菜パンがいっぱい!

面白いのはここ、ベーカリーでもあるってこと。ショーケースにずらりといろいろなパンが並んでいて、なんとも旨そう。スリランカはかつてポルトガルやオランダ、イギリスの植民地だった影響で、パン食の文化が根づいている。それもインド亜大陸で広く親しまれているナンやロティ、パロタといったパンではなく、洋風のやつが食生活に定着している。

パン各種150~250円。日本のものより生地がしっかりしていて食べごたえがある。
パン各種150~250円。日本のものより生地がしっかりしていて食べごたえがある。

だから日本にあるスリランカ料理店でもパンを出しているところがけっこうあるのだが、とりわけ『アイシャ・キッチン』は充実していて種類が多い。魚のカレーが詰まったもの、ロールパン、ワニのような形をしているキンブラバニスというパン……さらにはフライドチキンを挟み込んだスリランカ風ハンバーガーとか、ソーセージパン、カレーコロッケや豆を練りこんだクッキーなんかもあって、総菜パンがたくさん並ぶ日本のパン屋にいるようなワクワク感も覚えてしまう。でっかい食パンも売られていて、お持ち帰りのお客さんで大にぎわいだ。

スリランカ・フェスティバルも開催するほどの綾瀬の隆盛

スリランカ人の他さまざまな外国人に人気の店。
スリランカ人の他さまざまな外国人に人気の店。

「店は2021年に開いたんだよ」

シファーンさんは言う。やはりスリランカ・イスラムのコミュニティーがある群馬県の桐生から越してきたのだが、海老名にモスクがあること、子供を通わせたいインターナショナル・スクールがあることが理由だった。またシファーンさんの「本業」は中古車の輸出だが、商品の車の倉庫(ヤード)を確保できる広い土地があり、輸出港である横浜に近いことも大きかった。

この連載の第4回では千葉県のスリランカ料理店を紹介したが、あちらはおもに仏教徒で、やはり中古車ビジネス中心のコミュニティーではあるのだが、神奈川とは宗教によってざっくりとした住み分けがあるようだ。もちろん交流はあり、この店にも仏教徒の客が食べにくる。また、近所のネパール人がパンを買いに来て店員と日本語で話しているような楽しい店でもある。

簡素な礼拝所も併設。
簡素な礼拝所も併設。
隣のスーパーマーケットにはスリランカ食材が満載。
隣のスーパーマーケットにはスリランカ食材が満載。

いまでは綾瀬に住むスリランカ人は842人とベトナム人に次いで2位、神奈川県内の自治体では最多だ。2023年には市役所でスリランカ・フェスティバルが開かれ、5000人が来場したが、これにはシファーンさんたち在日スリランカ自動車輸出組合も協力している。綾瀬のスリランカ人たち、ますます影響力を増しそうだ。

『アイシャ・キッチン』店舗詳細

住所:神奈川県綾瀬市深谷中4-29-47/営業時間:11:00~22:00(金は13:00~)/定休日:無/アクセス:小田急電鉄江ノ島線長後駅から神奈川中央交通「綾瀬車庫」行き約12分の「綾瀬農協前」下車徒歩2分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2024年10月号より

小江戸・川越もいまやインバウンドの波に洗われるようになった。西武新宿線の終点、本川越の駅を降りたあたりからすでに欧米人や中華系の観光客が目立ちはじめ、蔵造りの町並みが残る一番街商店街のあたりまで来ると、そぞろ歩きの外国人でごった返す。川越名物さつまいもアイスなんか食べている顔立ちもさまざまなわけだが、この街で存在感を示している外国人は短期滞在の観光客だけではない。コシを据えて暮らしている人も増えているんである。
京成臼井駅を出たコミュニティーバスは、わずかな乗客を乗せて住宅地の中を走っていく。のどかなもんである。だんだんと車窓は家並みよりも雑木林の緑や畑が目立つようになり、時折ヤードを通り過ぎる。海外に輸出するための中古車置き場であり、解体なども行う現場のことだ。
JR常磐線の三河島駅は、1日におよそ1万人が利用する。これは東京23区のJR駅の中では、きわめて少ないほうらしい。さぞ寂しいのでは……と思いきや、歩いてみれば意外と活気のある場所なんであった。