目指すは、路地裏のキッチンカー
思い立ったが吉日とばかりに、活気に満ちた一番街を抜け、本町通りを市役所方面へ進む。目印を見逃さないように周囲を見回しながら歩いていると、住宅地につながる路地で「羽根つき三角焼きそば」と書かれた垂れ幕を見つけた。のぞいてみると、表通りからは見えない小さな空き地で、1台のキッチンカーが元気に営業中! 『萩原商店』は2023年にオープンした、川越食べ歩きグルメの新星だ。
川越の焼きそばは太麺で、もちもち食感。そもそも、1946年に蓮馨寺(れんけいじ)境内の屋台で売られ、評判を呼んだのが始まりだとか。その後は駄菓子屋などでも作られるようになり、川越っ子のソウルフードに。その進化形と言えるのが、片手で食べられる『萩原商店』の羽根つき三角焼きそばなのだ。
「気楽に食べ歩きできるように」と考案した、店主の萩原秀樹さん。なんと、ソースで味付けした焼きそばを卵とチーズで挟み、焼きおにぎりメーカーで焼き上げている。萩原さん自身も、子供の頃には駄菓子屋の太麺焼きそばをよく食べていたそう。今では市内で『萩原商店』と『焼きそば居酒屋どーも』を営むほど、筋金入りの焼きそば好きだ。
店主の実家は製麺所。生麺から茹でるのがこだわり
オープン前の仕込みは、麺を茹でるところから始まる。何を隠そう、萩原さんの実家は市内で代々続く製麺所。「70年前くらいに祖父が創業しました」と言うから、期待でさらに胸が膨らむ。その実家から仕入れた特注麺を生麺から茹でているので、食べると歯応えが良く、風味もしっかり出るのだという。
生麺を茹でている間、同時進行で具材を炒める。川越太麺焼きそばには、キャベツも不可欠だ。そこに茹で上がった麺を加え、3種類のソースを合わせた自家ブレンドのソースで味付け。「鉄板で炒めて酸味を飛ばしつつ、麺にソースを染み込ませていきます」。
熱々のできたてを手渡し!立ち上るソースの香りがたまらない
店は、昼前の10時30分からおやつ時を過ぎた16時頃まで営業。観光客だけでなく、地元の親子連れや、部活帰りに小腹を満たしに来る学生まで、客層は幅広い。近所の子供がおつかいに来ることもあるそう。「3個買ったうちの1つを、我慢しきれなかったのか受け取ってすぐここで食べちゃった子もいます!」と、教えてくれるエピソードが実にほほえましい。
熱々のできたてを渡すため、完成させるのは注文を受けてから。まずは、焼きおにぎりメーカーに味のアクセントとなる紅生姜を置き、卵液を流し入れる。その上に仕込んでおいた焼きそばをのせるのだが、この時にうまく形を整えるのが肝心。おにぎりの穴からはみ出した部分が、蓋を閉めるとプレートに押され、パリッと焼き上がって羽根になる。
焼きそばの上にチーズをのせたら、焼きおにぎりメーカーの蓋を閉める。徐々に、こんがり焼けたチーズとソースの香りが漂い始め、腹の虫がぐうっと鳴いてしまった。完成までに数分間かかるが、この香りに包まれたひとときもまた幸せ。店先のアウトドアチェアに腰を下ろし、この後の散策ルートでも練り直していれば、きっと時間はあっという間だ。
さあ、いよいよ完成。受け取ると、包み紙を巻いていても、熱さが手に伝わってくる。高ぶる気持ちを抑えられずいきなりかぶり付くと、本当に熱くて驚いた! 「熱い、熱い」とハフハフしながらも食べるのをやめられず、我慢できずに一つ食べてしまったというおつかいの子供に心から共感。
羽根はパリッとして、内側は太麺のもちもちが生きている。フーフーと冷ましながら食べ進めると、チーズの塩気、卵の甘みが顔を出す。食べ終わった後にもソースの芳しさがしばらく鼻腔に残り、うっとり。アウトドアチェアでのんびり休憩しながら、河越抹茶と一緒に味わうのもありだ。
非日常の旅先にいながら子供時代を思い出し、ほんの束の間、懐かしい気分に。これを食べれば、観光地・川越の素朴な一面を垣間見れる。令和に誕生した、川越B級グルメの進化形! 地元に愛される新名物となる日も近い。
取材・文・撮影=信藤舞子