イスラエル

西アジアの地中海に面した共和国。世界に離散していたユダヤ人たちによって1948年に建国された。日本には694人が住むが、およそ半数が東京で暮らす。ほか神奈川や京都、大阪にも多い。会社員、経営者、留学生、日本人の配偶者といった人々が中心。

当時、日本でただ一つのイスラエル料理店が江古田で開業した理由

南口には入り組んだ商店街が広がっているが、とりわけエスニックな界隈というわけでもない。そんな商店街の一角に『シャマイム』はある。1995年に開業した当時は、日本でただ一つのイスラエル料理店だったというが、どうして江古田だったのだろうか。

「その当時のオーナーの家が近くにあって、家賃が安い物件を見つけたからだと聞いてますよ。それに大学が3つあって、いい場所だなと思ったみたいです」

2代目にして現オーナーの北岡タルさんは言う。つまりは「たまたま」であったようだが、ときにこうした理由で異国のコミュニティーは形成されていく。客の多くはエスニックファンの日本人だが、日本には数少ないイスラエル人たちもやってくるようになる。

「うちはトラディショナルな味を出してます」と語る店主の北岡タルさん。
「うちはトラディショナルな味を出してます」と語る店主の北岡タルさん。

「お父さんは日本人、お母さんはルーマニア生まれのユダヤ人」

そう語るタルさんはイスラエルを代表する大都市、テルアビブで生まれた。小さい頃から父の影響で野球を始め、ポジションはキャッチャー。子供の頃はなんとイスラエル代表選手だったこともあるそうだ。

日本にやってきたのは1997年、22歳のとき。兵役を終えた後だった。徴兵制度のあるイスラエルでは、男性3年、女性2年の軍隊生活が義務づけられているが、その後で世界を旅する若者が多い。同じようにタルさんも旅に出たが、父の国・日本にも立ち寄った。そして、ここで暮らしてみようと決めるのだ。

まずは日本語学校に通って言葉を学びながら、生活費を稼ぐためにアルバイトしていたのがここ『シャマイム』だった。イスラエル人オーナーのもと店を切り盛りしているうちに、やがて厨房だけでなく、店長を任されるように。

「母方のお婆ちゃんがプロの料理人だったんです」

その影響もあってか、タルさんのつくる料理は評判になった。そしてオーナーがイスラエルに帰国することを機に、店を買い取ったというわけだ。

現地の広告を使ったアート。
現地の広告を使ったアート。

ハーブとスパイスが豊かに香る

「基本的には中東料理なんですよ」

イスラエル料理の特徴を尋ねると、タルさんはそう答えた。イスラエルは、世界の方々に散っていたユダヤ人が移民してつくりあげてきた国だ。だから建国の地である中東・地中海地域の食文化に加えて、さまざまな国の味が少しずつ混じっているのだという。

「ポイントはハーブとスパイスのバランスかな」

ディルやミント、タイム、マジョラムなどのハーブをふんだんに使う。自生しているものも多いのだそうだ。それにスパイスはクミン、コリアンダー、ターメリックをベースに、スマックというレモンのような酸味があるものも使うという。だから香り豊かだが、スパイシーすぎることはなく日本人にも食べやすい風味のメニューが多いように思う。

ソウルフードといえるのはフムスだろう。ひよこ豆のペーストだ。ピタというパンにつけたり、そのまま食べたり。イスラエル人の食卓には、これが欠かせない。

丁寧にフムスを仕上げていく。
丁寧にフムスを仕上げていく。

「日本で言えば味噌かな? イスラエルには市場などにこだわりの専門店がいくつもあるほど」

タルさんのレシピは、ひよこ豆を柔らかく煮たらゴマのペーストと一緒にニンニクやクミン、塩コショウと混ぜあわせるというもの。

「センスがないとクリーミーにならないんです」

滑らかに仕上げられたフムスにオリーブオイルをかけて、ドライマジョラムを散らせばできあがり。これをピタに塗って、さらに肉のグリルを挟んで食べるのが最高だ。とりわけラムのシシカバブは肉のうまみたっぷりの挽肉で中東料理の定番。チキンのシシリックも香り高く、フムスを引き立てる。

それにファラフェルもピタにはよく合う。これまたイスラエルを代表する料理で、ひよこ豆のコロッケだ。潰したひよこ豆にパセリとパクチーを混ぜて揚げるのだそうだ。

加えてサラダの小皿もいろいろな種類があるのでピタに挟んだり肉と食べたり、自由に味わおう。

「子供の頃は、お小遣いをもらったらファラフェルのお店に行って、ピタにフムスとサラダと一緒に挟んで食べてましたね」

イスラエルスイーツ・マラビ400円はミルクプリンにザクロソースやココナツなどを乗せる。
イスラエルスイーツ・マラビ400円はミルクプリンにザクロソースやココナツなどを乗せる。

ちなみにお酒はイスラエル製のラガービール「ゴールドスター」がおすすめだが、最近はノンアルコールも人気だとか。こちらはフルーティーな味わいだ。

ビーガンやベジタリアンのコミュニティーでもある

先代から受け継ぎタルさんが築き上げた、現存する中では日本最古のイスラエル料理店。
先代から受け継ぎタルさんが築き上げた、現存する中では日本最古のイスラエル料理店。

日本に住むイスラエル人はわずか694人。特定の集住地はなく。渋谷や世田谷、麻布などに分散して住んでいるそうだ。

「ITや宝石関連など、日本で長く会社を経営している人が多いですね。最近は奨学金をもらって来ている留学生もいます」

そんな在日イスラエル人たちが、ときどき『シャマイム』でパーティーを開くそうだ。またイスラエル関連のイベントに呼ばれて、料理を出すこともあるという。

それに近頃は、日本に住む欧米人をはじめビーガンやベジタリアンの人々が集まってくる店にもなっている。フムスもファラフェルも豆料理だし、ピタには卵が入っていない。牛乳も使っていない。串焼きを頼まなくても野菜と豆でおなかいっぱいになるからだ。

イスラエル関連の書籍がいろいろ。
イスラエル関連の書籍がいろいろ。

複雑なニュースもよく目にするイスラエルだが「いいところもたくさん知ってほしい」とタルさんは話す。

『シャマイム』店舗詳細

住所:東京都練馬区栄町4-11 TMビル2F/営業時間:11:30~24:00/定休日:月/アクセス:西武鉄道池袋線江古田駅から徒歩1分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2023年10月号より