雰囲気ではなく“味”で勝負したからこそ博した人気
2022年オープンの『SiCO ITALIAN RESTAURANT Ryogoku』。駅からは少々距離があるが、ランチもディナーも常に多くの客でにぎわいを見せる人気のカジュアルイタリアンだ。今回は、シェフの三井さんを初め、親切なスタッフの皆さんにお店の歴史や料理への想いを伺った。
オープン当初はリピーターを作れず、集客にかなり苦労したようだ。地元客の多くが江戸っ子気質ということもあり、料理の味に納得しなければ2度目の来店はない。時には辛辣な意見をもらうことだってある。
だが、『SiCO ITALIAN RESTAURANT Ryogoku』にシェフの三井さんがジョインしてからは、店の風向きがみるみるうちに変わっていった。
“イタリア郷土料理をベースにした、江戸東京野菜と炭火焼料理”をコンセプトに、素材の味を活かしたイタリアンを提供し始めたところ、この店の味に魅了される客が日に日に増えていったのだ。
三井さんが特にこだわったのは、東京で採れた新鮮野菜をふんだんに使うこと。今では“とうきょう特産食材使用店”として、都から認定を受けるほどだ。
店の料理が徐々に優しくも奥深い味わいに変化していくに連れて、気がつくと数え切れないほどのリピーターを獲得していた。
“シェフが料理に妥協しなかった”というシンプルな事実が、この店のファンを生み出すことにつながったのだ。そんな腕利きシェフが作るこだわりのイタリアンは一体どんな味わいなのだろうか?
牛肉と野菜の旨味が複雑に絡み合う、絶品ラグーソースパスタ
パスタ、ピッツァ、肉or魚のメイン、季節のランチと、大きく分けて4パターンの豊富なランチメニューが用意されている。そこで今回は、パスタの中から牛バラ肉と江戸東京野菜滝野川ごぼうのラグーソース1200円をいただくことに。
メインにかぶりつきたい気持ちをグッと押さえて、まずはサラダから。シンプルなサラダだが、爽やかなビネガー風のお手製ドレッシングが、柔らかで新鮮な東京産のレタスと無農薬ニンジンの旨味を際立てて、たまらなくおいしい。
大振りのニンジン、キャベツ、玉ねぎなどの野菜がたっぷり入ったスープは、よくあるコンソメスープとは似て非なる味わい。余計な塩味や雑味がなく、野菜から出た旨味のみがダイレクトに伝わってくるのだ。 非常に優しい味わいながらも、それぞれの野菜が持つ甘みやコクがしっかりとスープに溶け出していて、何とも奥深い。 動物性の要素は一切加えず、あえてパンチのある味付けを避けることで、野菜の風味を引き立てているそうだ。
お待ちかねのパスタは一口食べて、思わず顔がほころんだ。肉と野菜の旨味が濃厚に絡み合ったラグーソースは、何ともコク深い味わい。繊細でいて、複雑な旨味がガツンと伝わってくる。
メニュー名にもあるように、このラグーソースには江戸東京野菜の滝野川ごぼうがふんだんに使われている。牛肉とごぼうは和食でも相性が良いだけあり、イタリアンにしても抜群の組み合わせ。
たっぷりの野菜、口どけの良いほろほろの牛肉、どの素材もお互いを活かしながら、しっかりと自身を主張してくる。メインにふさわしい、贅沢な味わい!
パスタを半分ほど食べ終えたところで、三井さんお手製のフォカッチャをいただくことに。全粒粉の香ばしさをしっかりと感じられるフォカッチャは、そのままではもちろん、余ったラグーソースと絡めても非常においしくいただける。
パスタの量は110gと比較的一般的な量だったが、それが信じ難いほどボリュームある食べ応えだった。この満腹感を作り上げている要素の大半が、新鮮野菜だというのが嬉しい。
食後はおいしい料理をお腹いっぱい食べられた多幸感とともに、食事を通して自分の身体をねぎらえたような、不思議な満足感を感じた。
両国の地で、愛し愛されながら成長していく気軽なイタリアン
「僕の料理はイタリアのスローフードを意識していて。農家さんから直送される東京の旬野菜を、一切無駄にしたくない。絶対にフードロスはしたくない。そんな想いで店のメニューを考案しています」
本場イタリアの地で修行経験もある三井さんは、そう語る。旬野菜を一番おいしくいただけるタイミングで調理するには、メニューの固定化が難しい。だからこの店では、メニューに合わせて野菜を仕入れるのではなく、野菜の旬に合わせて頻繁にメニューを作り替えているのだそう。
今回いただいた絶品パスタも、次来た時にはもうありつけないかもしれない。その代わりに、訪れる度にシェフの想いが詰まったその時々のイタリアンを楽しむことができるのだ。
実は今回の取材ではシェフの三井さんの他に、スタッフの皆さんからも話を伺うことができた。そして『SiCO ITALIAN RESTAURANT Ryogoku』で働く人々には、確固たる共通項があることがわかった。
それは誰もが「地元の人に愛されながら、両国とともに成長できる店を作りたい」というマインドを持ち合わせていること。
年配客には重い扉を開閉させない、子連れ客がのびのびと過ごせる空間を作る、季節のイベントごとにプチギフトを用意する。オープン当初に苦労したからこそ、この店を訪れる全ての客が気持ち良く過ごすための、ささやかな工夫と気配りを忘れない。
両国という土壌にしっかり根を張りながら、味も空間も心の底から楽しめる居心地の良いイタリアン。それが『SiCO ITALIAN RESTAURANT Ryogoku』なのだ。
両国を訪れた際は、江戸東京野菜を存分に楽しめるこの店で、心身が喜ぶ絶品イタリアンを味わってみてはいかがだろうか。
取材・文・撮影=杉井亜希