大塚の街の裏通りにぽつんとあった名店

特に、駅北口から北西に向かって伸びる大塚北口商栄会、通称「銀の鈴通り商店街」は、無数の飲み屋とピンクのネオンが入り混じる、大人の魅力溢れる通りだ。そのさらに裏手。大塚エリアでももっとも怪しげといえる場所にかつて、一軒の名酒場があった。

店名は『立ち飲みコーナー大つか』。僕はこういう街を散策するのが何よりの趣味で、ある日その途中で見つけ、「立ち飲みコーナー」という不思議な響きと、その佇まいに強烈に惹かれて入ってみた。

1本のまっすぐなカウンターが厨房と客席を分けるだけの、ごくシンプルな店内。カウンターの空席に着いて目の前の壁に並ぶ短冊メニューを眺めると、そこにさらなる驚きが待っていた。チューハイが240円、ウーロンハイが260円、ホッピーがセットで350円と激安なのは序の口、なんとつまみが全品190円均一と書いてある。

その横のホワイトボードにも日替わりメニューがあり、そちらももちろん均一価格。何気なく選んだもつ煮のボリュームと、よ~く味噌味の染みこんだ旨さに癒やされ、注文が入ってから丁寧に焼きあげる塩サバのジューシーさに感動。ここが一気に、大塚でいちばん大好きな店になってしまった。

当然人気店で、夕方になれば狭いカウンターに向かって斜めに立ち、少しでも入れる客を増やして店の利益に貢献しようとする常連たちで大にぎわいとなる。

人気店の静かな時間を味わう贅沢

が、僕はこの店には、早い時間に訪れるのが好きだった。開店は午後2時。さすがに口開けに行けば満席ということはなく、この名店の空気をのんびりとひとりじめできることも多かった。夜はヒロさんと呼ばれる男性店員も手伝ってにぎやかになるが、この時間は美人の女将さんがおひとりでいることが多かった。静かな店内で、黙々と調理台に向かう女将さん。それをぼんやりと眺めながら飲む自分。するとできあがったものから順に、カウンター上に日替わり料理が並びだす。

今日はがんもの煮付けか。うまそうだな。

「すみません、それもう大丈夫ですか?」なんて言いながら、できたての小皿料理をつまみつつ飲むのが、何よりの贅沢に思えた。

1985年の創業当時、女将さんはここらをいかがわしいエリアだとは知っていたものの、普通の人なら避けて通るほどの場所だとは知らずに、店をオープンしてしまったのだそう。それでもこれだけの名店だから噂が噂を呼び、徐々に繁盛店になっていった。2016年6月、女将さんもヒロさんも歳を重ね、徐々に体力的に営業が厳しくなってきたことを理由に、『立ち飲みコーナー大つか』は閉店してしまった。

最初で最後の記念写真

閉店まぎわ、最後に飲みに行ったとき、何気ない会話を頻繁にするほどよく通っていたわけではないけど、やっぱりどうしても寂しくて、そのことをお伝えした。女将さんは、一切悲観的な空気など出さず、あくまでからっと「そうなんだ~。ありがとうね!」と笑って答えてくれ、一緒に記念撮影したいというお願いに応じてくれた。

先述の大塚四天王のように、多くの酒場ファンに名の轟くような有名店ではない。けれども、僕を含め、この店が大塚でいちばん好きだという酒飲みが決して少なくなかった、地域に根ざした名店。そういう店が人知れずなくなってゆくことに、もはやだんだん慣れてきてしまったくらいだけど、思い出すとやっぱり、切なさで胸をギュッとしめつけれるような感覚になるのだった。

写真・文=パリッコ

神奈川県川崎市にある稲田堤という駅から、北に向かって歩くこと10分ほど。突き当たった堤防を登ると眼下に広がるのは、雄大な多摩川の流れ。その広大な河川敷にはかつて、我が目を疑うような建物がポツンと建っていたーー。
「町中華」と呼ばれる店がある。その街に昔からある、決して本格中国料理を出すわけではない、カレーもあればカツ丼もあるような、気取らない中華屋。基本的には近所の人たちが、なかば無意識に通うような店だが、経営年数を重ねるにつれて勝手に生まれてしまったレトロ感が新鮮だったり、店が減っているゆえの希少性もあり、いまや雑誌やTVで頻繁に特集を組まれるほどの人気ジャンルとなっている。町中華はまた、酒飲みからしてもありがたい存在だ。昼間からやっていて、たいてい瓶ビールとコップ酒くらいは置いてあるから、昼下がりにちょっと一杯飲みたいな、なんてとき、居酒屋が空いていなくても飲める店として絶大な信頼感がある。餃子とビールあたりをやって、シメにシンプルな醤油ラーメン。シメといいつつ良いつまみになるので、ビールをもう1本……あぁ、なんと至福の時間だろうか。大久保にあった『日の出』は、飲める町中華としてもちょっと度を超えた、ファンの多い名店だった。
大衆酒場とは、我々庶民が懐具合をあまり気にせず、気楽に酒を飲んで楽しめる店のことをいう。しかしながら、長い歴史のある酒場文化。創業から時を重ねれば重ねるほど、店に威厳や風格が出てしまうことは必然のことだろう。いわゆる老舗、名酒場と呼ばれる店に敷居の高さを感じ、その戸を開けることを躊躇してしまう酒飲みの方は、意外と多いのではないだろうか?ただ、考えてみてほしい。酒場の歴史が長く続いているということは、単純に、それだけ客が途切れずに店の存在を守り続けてきたということ。つまり、「いい店」であるということだ。そこでこの連載では、各地の名店と呼ばれる酒場を訪問し、大将や女将さんに、その店を、酒場を、楽しむコツを聞いていきたい。