イギリスはアニマル王国

イギリスの動物というと、何を思い浮かべるだろうか。競馬や馬術の馬たち?  あるいは草原にいる羊たち?  いや特にイメージなし、という人がほとんどかもしれない。しかしこの連合王国は、実はアニマル王国。都会・田舎問わず、ひとたび外へ出かければ、まず何かしらの野生動物に遭遇する。海に囲まれている島国だけに、ホエールウォッチングなど海洋生物を推している地域もあるけれど、わざわざ遠くへ行かずとも、近所にだって生き物はたくさんいる。さらに時間帯や季節によって出会えるコたちが違うとなれば、次第に同じ場所を何度も歩くモチベーションにすらなってくる。大砲のような一眼レフカメラや専門知識がなくたって大丈夫。出没度高めのものからレア度高めのものまで。観察すればするほど魅力的なこの国の野生動物を、何種か紹介しよう。

まずは鳥

とにかく身近な生き物の筆頭。風景の写真を撮ると、大抵、空のどこかに写り込んでいる。カラスとハトは全国的に年中いて、それぞれ数種類かいる様子。スズメも頻繁に見かけるし、この傾向はかなり日本と似ている。ときどき、ハトに餌をやるおじさんがいて、その周りに大量に群がる感じなども日本とおんなじ。

また、イギリスは水の街だらけとあって、川辺にはハクチョウやカモも多数生息。なお、この国にいるハクチョウの多くは、あたかも野生な感じを装いながら、実は国王が所有していることになっている。なんでも中世からの伝統とか。

川辺にハクチョウとカモとハトが同居の図。ハクチョウは幼い頃は白くない。
川辺にハクチョウとカモとハトが同居の図。ハクチョウは幼い頃は白くない。

次に渡り鳥。秋になると、空をV字の隊列を組んで飛んでいく鳥の様子をたくさん見る。北緯55度前後、日本よりもはるかに北に位置するイギリス。てっきり本格的な冬になる前に南国へと避難するのかと思っていたら、これが大間違い。なんと、“イギリスへ”避難してきている鳥だった。最も一般的なのはgoose (グース)。日本語だとガチョウ・ガン。彼らは、グリーンランドなどイギリスよりもーっと寒いところから来ている。つまりそれだけ、イギリスは手頃な距離にありながら冬が比較的暖かいということだ。このそれなりの温暖さは、昔々、人類が定住を決める大きな一因にもなったのではないかと、なんとなく住んでみた肌感として思う。ちなみにブリテン島には、我ら「新人」のひと進化前の「旧人」すなわちネアンデルタール人がいたことが判明している。野生動物の生態は、地理関係やそれと絡み合う人類の歴史の、シンプルにして重要な手がかりなのかも、と思って眺めると、ただその辺にいるだけと思っていた生き物も、また違った形で映る。

このグースは数種類いて、毎年毎年、それぞれ特定の飛行ルートで特定の場所にたどり着く。必ず越冬するテリトリーが決まっているというから、鳥の能力って本当にすごいし、面白い。11月にもなれば、そのエリアには、目を疑うほどの大量のグースが大地を覆い尽くしている。多くは人里離れた自然豊かな場所を選んでいるので、周辺は散歩コースとしても良い。なお、グース以外にも渡り鳥はいるが、残念ながら日本でおなじみのツバメはいない。

V字をなすグース(複数形になるとgeese ギース)。この形が長距離飛行を無事に乗り切る最適解らしい。
V字をなすグース(複数形になるとgeese ギース)。この形が長距離飛行を無事に乗り切る最適解らしい。
白黒大軍現る。
白黒大軍現る。

せっかくなので、もう少し紹介。

Robin (ロビン)ことコマドリ。オレンジの胸が印象的で、フォルムも愛らしい。冬にときどき見かける。クリスマスカードやギフトのデザインのモチーフになることも多く、かなり人気。

歩道の脇などにひょっこり現れる。意外と逃げない。
歩道の脇などにひょっこり現れる。意外と逃げない。

Pheasant (フェザント)ことキジ。春夏に田舎で見かける。オスとメスで姿が全く異なるが、それぞれ美しい。鳥なのによく歩いている。でもニワトリとは違う歩き方。もっとシャシャシャという機敏な足さばき。なんでもおいしいらしく狩猟の対象にもなっている。

その解禁時期は法律で定められているのだが、狩りルールには基本、1831年にできた法律が適応されている。約200年前……古い。江戸時代の鷹狩りのルールが今も使われている感じかと思うと、なかなかだ。君主による白鳥の所有といい、この国では数百年前の決め事が普通に現役で幅を利かせている、なんてことがけっこうある。この着実に積み上げてきた基盤の堅牢さは、さすがイギリスだなぁと思う。現代になって急遽どっかの文化をとって付けたようなペラペラな感じがいっさいない。

ついでに、もしもフェザントを車ではねてしまった場合。その際は、加害者が持って帰ることは許されず、すぐ後ろの車の人が取って(食べて)いいという、冗談のような謎の権利も定められていると、地元の人に聞いた。文明の利器の進化に合わせて、一風変わったルールを付け加える感じもイギリスらしさのような気もする。

オスのフェザント。メスはもっと地味で茶色い。
オスのフェザント。メスはもっと地味で茶色い。

続いて小動物

昆虫系は総じて少なめのイギリス。なんと蚊もいないという天国っぷり(ただしタチの悪い羽虫も北部にはいる)。一方で、日本ではあまり見かけない、毛をふさふささせた小動物が、なかなかうまい具合に人間と共存している。

リス。都市の公園などにしばしば出没。すばしっこいながらに、観光客の写真の標的になっている。この一般的に見かけるコたちはgrey squirrel (ハイイロリス)というアメリカから持ち込まれた外来種。固有のred squirrel (アカリス)はその領地を奪われ、限りなく数を減らしている。何度か保護地区となっている森を歩いたが、未だ見たことがない。

いつも忙しそうに、地面をチェックしたり、木に登ったりしている。
いつも忙しそうに、地面をチェックしたり、木に登ったりしている。

ウサギ。これまたよく見かける野生動物の代名詞。リスよりデリケートみたいで、人の気配に気づくや否や、さっと隠れてしまう。小柄で、茶色で枯れ葉や土と同系色。

さて、どこにいるでしょう?
さて、どこにいるでしょう?

キツネ。にわかに信じがたいが、首都・ロンドンに出没。特に早朝や夜更けに遭遇チャンスあり。人目を避けるわりに大胆で、ロンドン郊外では、庭の芝を掘り返されたり、どこからかゴミを運んできたりといった影響もあるみたい。ソロ活動している若造と親子、これまで2度ほど目撃した。なお、イギリスにはタヌキはいないらしい。「平成狸合戦ぽんぽこ」よろしく、人間による都市開発の影響なのかな?とも考えたが、近年とりわけ見るようになったらしく、その理由は不明。

都心の歩道で目が合った。お互いびっくり。
都心の歩道で目が合った。お互いびっくり。

他にも、もっともっといろいろな動物がいるのだが、キリがないのでこの辺までに。ふと気づいたのは、散歩で出会える大抵の野生動物は、かの有名な児童書「ピターラビット」シリーズに登場しているということだ。作者のベアトリクス・ポターは、ロンドンで育ち、後年、自然豊かな湖水地方へ拠点を移した。身近な生き物を豊かな創造力でもって表現した彼女こそ、野生動物ウォッチングに長けた散歩の達人だったのかも、なんて思う。

おまけにちょこっと犬の話

散歩と相性のいい動物の筆頭といえば犬。イギリスは、わんこ王国でもあり“人も歩けば犬に当たる”。しかもかなり市民権を得ていて、商業施設などの入り口には犬用の給水スポットもあるし(人間用はない)、カフェの中から電車の中まで大小さまざまな犬が、気づけばそこら中に当然のごとくいる。野良犬はまず見かけることがなく、皆かなりご主人様に従順な感じ。とはいえ、その信頼関係ゆえか、屋外ではリードを付けずに自由に歩き回っているケースがほとんど。

建物入り口の犬へのサービス。
建物入り口の犬へのサービス。
カフェでリラックスする常連わんこ。
カフェでリラックスする常連わんこ。

ペットの二大勢力といえる猫と比較すると、犬と人の共生の歴史はかなり長い。日本で人気の犬種の中には、イギリス原産のものも割といる。例えばウェルシュコーギー、ヨークシャーテリア、ウエストハイライトホワイトテリア、などなど。これらに共通するのは頭にイギリスの地名がついていること。現代でこそ、犬種改良されたりなんだりし、主に愛玩犬として親しまれているが、もともとは牧羊犬など、地域の風土や産業と密接に関わっていることも多い。散歩中にすれ違った犬の出立ちに、そのルーツを想像してみるのも一興だ。

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好きな絵本や図鑑をもとに、あらかじめ狙いを絞って散歩へ繰り出してみるもよし。ぶらぶら歩いて出会ったものをあとから深掘りしてみるもよし。生き物たちは、たとえ視界に入っていても、人工物やおしゃべりに気を取られていると、それと認識しないうちに通り過ぎて行ってしまう。しかし、彼らはすぐそばにいる。その姿に季節の移ろいを感じたり、はたまた生態系の深淵に思いを巡らせてみたり。いつでもどこでもできて、それでいて一期一会とさえいえる野生動物ウォッチングの楽しみは果てしなく、エンドレスなのだ。

 

文・撮影=町田紗季子

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