「築地場内・場外」という言葉がもはや懐かしい。2018年10月の市場移転により「場外」は築地に残り「場内」は豊洲に移ることに。そこにあった名店たちもこの地殻変動にさらされることになった。

町中華探検隊は移転直前の時期に場外の『幸軒(さいわいけん)』、場内の『やじ満』を取材していたが、今回再訪すると、それぞれの店主の言葉が見事なコントラストをなし、興味深かった。「昔から市場あるなし関係ない。市場がなくなってもうちは6時に店を開けるの」と築地『幸軒』の佐藤さんが不変を主張すれば、豊洲に移転した『やじ満』の谷島さんは「昔、来ていた人も『お久しぶり』と来てくれるけど、客層はガラリと変わりました。新しい顔ぶれにとっても癒やしの店になれたら」と変化を強調する。それでも、この2店はまったくブレない。

70年以上の歴史がそうさせているのかというと、たぶんそれだけの力ではない。明日の朝来る常連のために粛々と準備しようという、町中華魂のたまものだろう。東京の台所の歴史的地殻変動に動じなかった両店には強い芯を感じる。どちらの店も名物のシュウマイのようにパワフルで、実に味わい深い。市場中華の歴史が、また毎日積み上がっていく。

『幸軒』[築地]

「なーんも変わってない」と笑う女将

名物のしゅうまいは1個200円。
名物のしゅうまいは1個200円。

前回取材に伺ったのは、2018年の4月。市場が築地から豊洲に移転する直前だった。その頃と今で変わったことを女将の佐藤あや子さんに聞けば「なーんも変わってない」と豪快に笑う。市場の移転のあとはコロナがやってきたが、その影響もなかったそうだ。町中華にしては珍しい牛骨で取ったスープのラーメン、甘めに味付けられたシュウマイなど、料理の味もまったく変わっていない。変わったことといえば、お店にいた2代目の幸男さんが体を壊し、現在は店に出ていない。その代わりに出入りのお米屋さんの渡部正勝さんが店を手伝っていた。とはいえ、女将の笑い声が響く店内は以前となにも変わらないのだ。(下関マグロ)

ラーメン900円は、毎日でも食べたい牛骨スープ。麺類を注文すると頼める茶碗カレー350円。
ラーメン900円は、毎日でも食べたい牛骨スープ。麺類を注文すると頼める茶碗カレー350円。
2代目に嫁いだ佐藤あや子さんと店を手伝う渡部正勝さん。
2代目に嫁いだ佐藤あや子さんと店を手伝う渡部正勝さん。
常連客たちがひっきりなしにやってくる。
常連客たちがひっきりなしにやってくる。

『幸軒』店舗詳細

住所:東京都中央区築地4-10-5 夕月ビル 1F /営業時間:6:00~9:30・10:30~13:30(なくなり次第終了)
/定休日:水・日・祝/アクセス:地下鉄日比谷築地駅から徒歩5分

『やじ満』[市場前]

いろいろ変わったけれど貫禄はそのまま

ニラそば1000円。ピリ辛スープが疲れをとりエナジーを与える。
ニラそば1000円。ピリ辛スープが疲れをとりエナジーを与える。

移転前の店内には、手書きメニューや娘さんの絵があふれ、その和やかな空気に癒やされた。今回初めて豊洲の店に訪問したが、雰囲気は当時のままで安堵。4代目・仁美さんが「長屋からタワマンに引っ越したくらい感覚が違いますよ」と話すように場所も変わり自粛時期も大変だったというが、朝から名物料理に舌鼓を打つ常連たちは健在だ。早朝に豚肉が香ばしい絶品スープのニラそばを注入する人も、勤めを終えて朝から乾杯という男たちも、豊洲市場7街区ですでにおなじみの光景に。1~2杯サッと飲んで「お勘定」と手を上げる常連にやっぱりほれぼれしてしまう。僕も今度、この素敵な流儀で朝『やじ満』に参戦したい。(半澤則吉)

4代目の谷島仁美さん、ここで働き4年ほどという井上壮さん。店は職人に恵まれ歴史を築いてきた。
4代目の谷島仁美さん、ここで働き4年ほどという井上壮さん。店は職人に恵まれ歴史を築いてきた。
その名のとおり巨大なジャンボシュウマイ4個720円。
その名のとおり巨大なジャンボシュウマイ4個720円。
手書き短冊が目に飛び込んでくる。
手書き短冊が目に飛び込んでくる。

『やじ満』店舗詳細

住所:東京都江東区豊洲6-6-1豊洲市場7街区管理施設棟3F /営業時間:6:00~13:00/定休日:日・祝・休市日/アクセス:ゆりかもめ市場前駅から徒歩3分

撮影=山出高士
『散歩の達人』2023年9月号より