茶色い砂壁に似合うものを探して

オリンピックに向けての再開発で、日本の各地から古き良き風景が失われている今。高円寺も例外ではないが、この街ではまだまだ昭和レトロが現役だ。赤ちょうちん系の飲み屋や純喫茶、町中華などの飲食店も多く、レトロな雑貨を買える店も多い。そんな街中をレトロワンピやパンタロンの人が日々闊歩している。

このレトロ資源を最大限に活用して高円寺昭和レトロライフを約10年間送ってきた者として、この記事では令和の今、どのように高円寺昭和レトロライフを送れるかをお伝えしたい。

まずは部屋づくりからスタートだ。のら猫が勝手に家に入り込んでくるような畳&砂壁の部屋のアパートも、数は減っているもののしぶとく存在する街なので、部屋探しにはまったく問題ない。さて、無事そんな部屋をゲットできたなら、あなたは何を置くだろうか? それは決してフラン〇ランの家具ではないはずだ。

そこでレトロの民が向かうべきは、この街に点在する古道具屋だ。なにも考えず手に取っても、茶色い砂壁に似合うものばかり。さらに、イ〇ア以上にお値打ちというオマケ付きだ。

そんな夢のような話がかなう店のひとつが、2020年4月に10周年を迎えた『権ノ助』だ。まずはここで、味気ないホームセンターのカラーボックスや100均の収納グッズを、ビールの木箱や薬箱に買い換えよう。カチコチと古時計の音が響く店内に並ぶのは、ちゃぶ台や黒電話、茶碗などの食器、そして昭和のおもちゃ。店主の遠藤さんの「まあ座ってくださいよ〜」の言葉に甘えて店内の椅子に腰掛け話すうちに、あっというまに1時間経っていたりすることもしばしばだ。“初対面なのに10年来の知り合いみたいに話す店主”という高円寺の洗礼を受けるうえでも、ぜひ足を運んでもらいたい。

たまに仕入れられるお菓子の箱やペナントなどでファンシーな色づけも忘れずに。友達からの「実家みたいだね」という褒め言葉を得られる日も近い。
たまに仕入れられるお菓子の箱やペナントなどでファンシーな色づけも忘れずに。友達からの「実家みたいだね」という褒め言葉を得られる日も近い。
住所:東京都杉並区高円寺北2-9-8 コーセイドーハイツ101/営業時間:10:00〜20:00ごろ(買い付けなどで変更あり)/定休日:月・水中心に不定休 /アクセス:JR中央線高円寺駅から徒歩2分

こうして茶色い四畳半生活が始まると、次第に鮮やかな色に飢えてくる。オレンジ色のビーズカーテンや、毒々しいほど鮮やかな緑色のプラスチック製品を置きたい! という欲望がむくむくと湧いてくるのだ。そうなったら次に訪ねるべきは、カラフル雑貨を扱う『なかの屋』と『グランプリーズ』。

両手を広げたら商品にぶつかってしまいそうな『なかの屋』の店内には、黄色、緑、オレンジなど、カラー別の雑貨がギュッと宝石箱のように詰まっている。この色別ディスプレイは、ピンポイントでものを探すときにとても重宝する。アイテムは性別を問わないものがほとんどだが、どこかエレガントな雰囲気も漂うのは、きっと店主・中野まりさんのセンスによるものだ。ロック好きな70’Sの大学生の部屋に遊びに行ったときのような、背伸びするワクワク感を楽しみたい。

アイドルグッズやロックのレコード、ラジオや生活小物がギッシリ。色別のディスプレイはさながら立体カタログだ。
アイドルグッズやロックのレコード、ラジオや生活小物がギッシリ。色別のディスプレイはさながら立体カタログだ。
住所:東京都杉並区高円寺北3-3-10/営業時間:13:00〜19:00/定休日:水・第1・3木/アクセス:JR中央線高円寺駅から徒歩3分

『グランプリーズ』は『なかの屋』とほぼ同時代の小物を扱っているのだが、ここがユニークなのは、現代の作り手による“現役”レトロアイテムも手に入ること。今では少なくなっている職人お手製の布製ペンダントライトや、若手作家の創作レトロ便箋や小物入れなど、まさに現役で生きているレトロに出合える店なのだ。さらに、子供服やおもちゃにまでわたりレトロアイテムが揃っている。この街にいれば一生レトロ生活ができる! という確信を与えてくれる店としてもおすすめしたい。

小さな生活雑貨や照明のほか、洋服やバッグなど身につけるアイテムが豊富。試着室も完備。アイドルモチーフのおもちゃにも胸がときめく。
小さな生活雑貨や照明のほか、洋服やバッグなど身につけるアイテムが豊富。試着室も完備。アイドルモチーフのおもちゃにも胸がときめく。
住所:東京都杉並区高円寺南3-2-13-1F/営業時間:12:00〜20:00(月は〜19:00)/定休日:水/アクセス:JR中央線高円寺駅から徒歩12分

パンタロンのバンドマンに囲まれてお食事を

昭和レトロな部屋作りが整ったら、ロック要素を兼ね備えた『定食ヤシロ』に足を運んでみよう。屋号を染め抜いたえんじ色ののれん以上に目立つ「早い!うまい!安い!」の文字が、頼もしくてならない。ガラリと戸を開ければ、きちんと並んだ緑色の椅子やずらりと並んだ手書きのお品書きがさらに期待を高めてくれる。すぐ隣にはライブハウス『Show Boat』があり、ミュージシャンたちがリハーサルの前後に立ち寄って気合を入れていくのだという。そんな風景に混じって味噌汁をすすれば、不思議な落ち着きと熱いなにかがみなぎってくるはずだ。

サンマ開き定食の味噌汁を豚汁に替え920円。栗カボチャ煮170円。ご主人がテキパキと切り盛りする様も心地よい。総菜1品から持ち帰りも可能。
サンマ開き定食の味噌汁を豚汁に替え920円。栗カボチャ煮170円。ご主人がテキパキと切り盛りする様も心地よい。総菜1品から持ち帰りも可能。
住所:東京都杉並区高円寺北3-17-3/営業時間:10:30〜22:30/定休日:不定/アクセス:JR中央線高円寺駅から徒歩3分

一人でしんみり味わう和の食事もいいが、レトロ好きな友達とハレの日を過ごすならこちら。『グランプリーズ』で揃えたカラフルな衣装を身にまとって、サイケなインテリアの『グリーンアップル』に繰り出そう。レトロな服に身を包んだ店主のエミリンゴさんが迎える真っ赤な空間で、60’Sサイケ&ポップに酔うひとときを。

店主がセレクトする音楽を、リキュールなど豊富なお酒と共に楽しもう。サウンドが胸にグッとくる、ヴィンテージ機材を使ったイベントが行われることも。
店主がセレクトする音楽を、リキュールなど豊富なお酒と共に楽しもう。サウンドが胸にグッとくる、ヴィンテージ機材を使ったイベントが行われることも。
住所:東京都杉並区高円寺南4-9-6 第三矢島ビル2F/営業時間:19:00〜翌1:00LO(イベントなど変更はHP確認)/定休日:火/アクセス:JR中央線高円寺駅から徒歩4分

高円寺レトロの源泉は“アンチテーゼ”だった

こうして昭和レトロライフを送っていると、あるときふと思う。なぜ高円寺には昭和レトロがこんなにも生きているのだろう? その答えは、『七つ森』に隠されていた。

高い天井の梁が立派な同店は、純喫茶的に広く愛されているが、実際にこの店でコーヒーを味わっていると、昭和レトロとはまた違う物語に入り込んだような気持ちになる。ビロードのソファや高い天井から下がるランプには確かにレトロを感じるのだが、メニュー表や食事メニューには、手作りのあたたかさだけでなく現代的なセンスも同居している。令和でも平成でも昭和でもない、どこか架空の時代の喫茶店のようなたたずまいなのだ。

マスターは、高度成長期のひずみに疑問を感じてこの店を開いたという。開店以来フードの手作りを貫くのも、その思いゆえだ。店の入れ替わりが激しい高円寺の街は大きく変化を遂げ、店内でキャッキャと話すカップルのファッションも時代とともに変わっていく。でもその精神が変わらずに店内を満たし続けているから、きっとどこか架空の時代のような時を感じるのだろう。

マスターの話を聞いて、初めて気づいた。高円寺にレトロなものが満ちているのはきっと、この街に現代へのアンチテーゼが満ちているからなのだ。与えられたものをそのまま受け取るのではなく、自分で考えて感じて選択したい。高円寺にはそんな人が集まる。そんな精神が、既成概念や体制を疑い自由を求めるロックとして発露することもあれば、西洋の力に対するアジアのパワーとして噴出することもある。そして、現代のひずみに疑問を投げかけて、人間らしいあたたかみを大切にしたいという気持ちが、レトロという形でも開花しているのだ。しかもこの街では、それが押し付けがましいお説教ではなく、腹の底から沸き上がるような楽しさでできている。だからきっと令和の今も、この街にレトロを楽しむ人が絶えることがないのだろう。

かつて長屋だった建物の一部が残されたという穏やかな店内に、熱い思いが静かに満ちる。おつりの5円玉のリボンが、店を出たあとも余韻を残す。
かつて長屋だった建物の一部が残されたという穏やかな店内に、熱い思いが静かに満ちる。おつりの5円玉のリボンが、店を出たあとも余韻を残す。
住所:東京都杉並区高円寺南2-20-20/営業時間:10:30〜23:30LO /定休日:無/アクセス:地下鉄丸ノ内線新高円寺駅から徒歩3分、JR中央線高円寺駅から徒歩7分

取材・文=増山かおり 撮影=オカダタカオ
衣装購入=グランプリーズ 撮影協力=月美荘

※この記事は、2018年7月号「中野・高円寺・阿佐ケ谷」特集の記事をベースに、大幅に加筆/修正したものです。

高円寺は、キャラの濃い中央線沿線のなかでもひときわサイケで芳(こう)ばしい街だ。杉並区の北東に位置し、JR高円寺駅から、北は早稲田通り、南は青梅街道までがメインのエリア。中野と阿佐ケ谷に挟まれた東京屈指のサブカルタウンであり、“中央線カルチャー”の代表格とされることも多い。この街を語るときに欠かせないキーワードといえば、ロック、酒、古着、インド……挙げ始めればきりがない。しかし、色とりどりのカオスな中にも、暑苦しい寛容さというか、年季の入った青臭さのようなものが共通している。