xiangyu(シャンユー)
2018年9月からライブ活動開始。Gqom(ゴム)をベースにした楽曲でミステリアスなミュージックビデオも公開中。音楽以外でもアートやファッション、映画への出演など垣根を超えた活動を行っている。2022年11月25日に初の書籍『ときどき寿』(小学館)を発売。
「寿町のネガティブなイメージを、自分で確かめたかったんです」
――ご出身が横浜なんですよね?
シャンユー はい、新線開通で今話題の相鉄線沿線なのでホットだなあと。
――横浜育ちの方は、山下公園や港の見える公園などに行くのですか?
シャンユー 行かなかったなあ。用事がなければ。中華街も1回しかないです。
――では遊びや買い物はどこへ?
シャンユー 横浜駅のビブレとかみなとみらいとか。横浜駅もきれいになりましたが、もうちょっと雑多な感じでしたね。
――そんななか、通い続けた場所があって本も出されてますよね。
シャンユー 寿町ですね。6年通っています。
――いわゆる、元日雇い労働者などが住む街になぜまた?
シャンユー 知り合いの編集者に「実家も近いし、興味あるだろうから」と誘われて。その方も寿町の取材経験があり、社会で起きているいろんな事にアンテナがすごく立っている面白い方なので、「行きます!」と。
――なぜ興味を持っているだろうと思われたのですか?
シャンユー 高校生の時に『ビッグイシュー』に個人的に話を聞きに行ったり、興味があると話していたので。
――では寿町のことはご存知で?
シャンユー いえ、存在も知りませんでした。だからどんな場所かネットで調べたら、あまりポジティブなイメージの場所ではないなあ、でもしょせんネット情報だしと。横浜に古くから住んでいる私の親に聞いても同様で、これは自分で確かめてみるしかないなあ、よし行こうと。
――実際、行ってみてどうでしたか?
シャンユー 明らかに自分と同じ世代の人は少ないし、自分が住んでいる住宅地では見かけない人が多いなあと。寿公園での夏祭りの日だったこともありますが。
――私たちも寿町には、夏祭りや取材でたまに訪れますので様子は分かります。
シャンユー 駅の地下通路で寝ている人などもよく見かけたので抵抗はないんですが、夏祭りのように一気にそういう人が大勢いるのにはびっくりしちゃって。
でも、そのびっくり感は向こうも同じだったんでしょうね。地域の窓口の方に最初に紹介していただいたヤマさんという方の第一声が「誰だよ、お前」。驚いたけど、そりゃそうだよねと。お互い探っているみたいな感じでした。
――それが寿町を長年案内してくださったヤマさんとの出会いなのですね。
シャンユー はい、寿町を一緒に歩くと地元の人たちから「おうヤマさん元気?」と声がかかるところを見て、中心人物なのか、この街を知るにはこの人と一緒にいるといいのかもと思って「いろいろ教えてください」とお願いしました。
SNS時代に手紙だけが通信方法の付き合い方とは
――最初にいい方に出会えましたね。寿町ではどのように過ごすのですか?
シャンユー その時々でヤマさんが話したいことがあるんです。「俺がこの工事をした」などとヤマさんが見せたい場所を歩くこともあります。行き先をスマホで調べようとしても、「俺が分かる」とヤマさんに言われるので私はついてゆくだけ。だから案内された場所も多すぎるし、正確な道はあまり覚えていません。
最近では「関内駅前の市庁舎を市長が売り飛ばしたり、再開発してたりでベンチがなくなっちゃったので休憩する場所がないなあ」と話したのを覚えています。仕方ないから駅の隣の公衆トイレの前の石垣に座った。ひどいですよね、トイレですよ(笑)。
――お店に寄ることもあるのですか?
シャンユー 『ドトールコーヒーショップ』と『大戸屋』とカラオケですね。中華料理の『味臨軒』にも行ったことがあります。ヤマさんはいつも知っているところしか行きたくなくて、同じものしか頼まない。うちのおじいちゃんと一緒だなあと思っています。多分2人とも年代が近いですし。
――ヤマさんは寿町住まい?
シャンユー そうです。食事は自炊。病気して病院で教えられた調理法をきちんと守る。生野菜や納豆などだめな物がいっぱいあるから。頭が良く真面目な方です。自分のやってきた仕事を語れるし、適当に自分の人生を歩んでいないです。
――真面目な方だからこそ、長いお付き合いができたのですね。ところで寿町にも普通のマンションも増えましたね。
シャンユー ハローワークもきれいに改築されてびっくりしました。寿町には今は海外の旅行客が宿泊しに来ますよね。ゲストハウスとドヤでは言い方ひとつでずいぶん印象が違うなあと感じます。
――ヤマさんとはどんな風に約束して会うのですか?
シャンユー 通信手段は手紙です。だから遅刻できないです。携帯持っていてくれよと(笑)。でも私自身がSNS世代だけに、手紙っていいなと思いました。たとえばLINEだと読んだら返事しなきゃとか、すごいストレスじゃないですか。
――その点、手間や時間はかかるけど手紙は楽そうですね。
シャンユー まさに! 手紙はいつ読んでもいつ返事を送ってもいいから気楽です。手で書くから「字を書くの面倒くさい」とヤマさんにも言われますが、いつも同じ内容だとしても手紙はいいですね。
ヤマさんは仲良くなって手紙のやり取りする相手がたくさんいらっしゃるようなので、私もその一員になった感じですね。
自分の選んだ道には責任を持つ。親の厳しさも今は美談です
――シャンユーさんもお話ししていて真面目な印象があります。
シャンユー 自分でも真面目だと思います。自分の人生にちゃんと責任を持ちたいと思ってるので。あまり人のせいにはしないようにしています。
私の両親は共に理系で私も中学受験したし教育熱心ではあったと思うんです。でも子供の頃からやりたいことは自分でプレゼンして親が納得する理由があればやらせてくれました。だから〇〇ちゃんがゲーム機持っているから欲しいとかは一切ダメでした。でも自分でやりたいと言ったクラシックバレエは、母は働いているから送迎も準備もできないけどお金は出すと言われて、6歳から習い始めました。自分で髪を結う練習をして衣装のほつれも先生に聞いて自分で直す。
今でこそ美談ですけど親は超厳しくて、鬼ばばあだと思っていました(笑)。
――生きていく力はたくましくなったのかもですね。でも、ご両親は見守ってくれていたのではないでしょうか。
シャンユー そうですね。高校卒業後の学校選びも、大学の勉強はいつでも学べるけど洋服作りは独学ではうまくいかないので身につけたいと説得しました。
――そんな私立中高一貫校に通ってバレエを習っていたのに、どうしてホームレスに関心を持ったのでしょう。
シャンユー 中学生の頃っていろいろ悩みがあるじゃないですか。でも私は学校であまり仲のいい子もいないし、親にも言えない。だけど人に聞いてほしい。そんな時に出会ったのが、私が勝手にシゲミさんと呼んでいる路上生活の方でした。
学校帰りの制服姿で公園のベンチに2人で座って「今日学校で〇〇ちゃんがこんなこと言ってね」とか、私が一方的にバーっと話すんです。
――シュールな光景ですね。
シャンユー でも当時は周りから自分たちがどんな風に見られるかも考えつかないほど精一杯でした。
――代わりに彼の話も聞いたのですか?
シャンユー 空き缶をいっぱい集めてお金にしたとかは聞いたけど、いつの間にかいなくなってしまい会えなくなったんです。これが路上生活者や寿町に関心を持つきっかけですね。
自分がやったことのない表現方法を試したかった
――高校卒業後は文化服装学院に入学したのですね。おもしろそうな学校ですよね。
シャンユー いい学校でしたよ。卒業後はアパレル会社を経てコスチュームデザイナーのアシスタント。作品作りもずっと行っています。軍手などホームセンターで買える材料で作った作品を東京ビッグサイトのデザインフェスタに出展した時に、声をかけてくれたのが今のマネージャーの福永泰明さんでした。
でもなぜかお誘いの言葉は「一緒に音楽をやりませんか」でしたね。その頃は音楽じゃなく服が作りたかったので返事を保留にしていました。
――自分で決めたことに責任を持つという考え方に反していた?
シャンユー というより興味がなかったです。その頃は服で表現したいと思っていたので。結局音楽活動をするまでに6年かかりました。その間も福永さんとの付き合いは続いていろいろな方を紹介してくださって。あ、寿町に誘ってくれた編集の方もその一人です。
――今ではシャンユーさんは幅広い表現方法を駆使するアーティストですが、創作活動に寿町が関わることは?
シャンユー 音楽において直接的にはないです。
――今手掛けている音楽は好きなジャンルの曲?
シャンユー 最初に作った「Gqom(ゴム)」というジャンルの曲は、音楽を始めたばかりの時に一緒にやっているサウンドプロデューサーに教えてもらいました。作りながら勉強している感じです。
――音楽活動を始めてこれならできるなあ、と手応えを感じましたか?
シャンユー できるなあとは全然思っていないです。音楽でも服作りでも本を書いても、できるんだと思ったことないから。ただ自分でやったことのない表現をやってみたい。音楽もそんなに誘ってくれるならと決心した感じです。
「誘われて始めた音楽は、お客さんとの一体感が楽しい」
――創作活動の時はどんな感じ?
シャンユー 行き詰まった時や頭を整理したい時には散歩します。作品作りのアイデアがよく出るので夜中も歩きます。
でも正常な判断は朝の散歩の時。夜中のそれをそのまま信じちゃダメですね(笑)。
――音楽活動開始前の大きな表現方法だった洋服作りですが、ご自身のステージ衣装も作るのですか?
シャンユー 自分のは作らないです。自分がステージでどうパフォーマンスするかに注力しているので。ライブで「今日は会場のお客さんとコミュニケーションが取れた」と実感できるのが、何より楽しいんですよね。
取材・文=眞鍋じゅんこ 撮影=鴇田康則
『散歩の達人』2023年5月号より