「東洋一の歓楽街」と謳(うた)われる新宿・歌舞伎町。きらびやかなネオンがきらめくちょっぴり危険なイメージが付きまとうが、変わるものも、変わらないものもある。
まず驚いたのは、老舗の魚問屋『舟藤』の健在ぶり。社長の貴志至さんは「昔はこの辺りの飲食店にも卸していたけど、今はホストの街になっちゃったからね」と、振り返る。しかし、周辺に漂う鮮魚の匂いは現在の歌舞伎町にもすっかり溶け込んでいた。
2012年にオープンして話題になった『ロボットレストラン』は現在休業中だが、その真向かいにできた『人間レストラン』が面白い。「うちはロボットやAIに対抗して人間が真心を込めて接客します、がコンセプト」と、店長の古川奈苗さん。従来の歌舞伎町らしからぬサブカル感満載の雰囲気にして、ドリンクや料理はどれも本格派のネオ居酒屋だった。
人の目を気にしない多様性に富んだ街
この街のニューフェイスも見逃せない。ゴールデン街の『麺屋 我論』は、バーが出店したラーメン屋とは思えないハイクオリティ。店長の稲葉俊一さんいわく、「近くで働く会社員や仕事終わりのホストのお客さんが多い印象。外国人の観光客からも好評ですね」と、客層はさまざまだ。
続いて1階がバーで2階がアートギャラリーという『デカメロン』へ。店長の黒瀧紀代士さんに歌舞伎町のイメージを聞いてみた。
「東京って街によって身につける服の傾向がありますが、ここはそれがまったくなくてバラバラ。いい意味で人の目を気にしないというか、多様性に富んだ街ですね」
最後はラブホテル街の入り口に構えるスナック『えぷろん』。「この辺りの飲食店はみんな仲がいいですよ。緊急事態宣言でトイレットペーパーが品薄になった時も、お店同士で譲り合っていました」と、店長のかえさん。この日も元常連客だというスタッフがカウンターに立っていて、この街の居心地のよさを感じることができた。
歌舞伎町は一辺が約600mの四角形。この狭いエリアに歴史、人情、アート、娯楽、グルメなど新旧の魅力がギュッと詰まっている。散歩をしていても上を見たり、下を見たりとずいぶん忙しい。そして、この街のカオスはあちこちで確実に進化していた。
デカメロン
2020年にオープンしたバー&アートギャラリー。店名はイタリアの作家・ボッカチオのペストの災厄をテーマに書かれた同名小説に由来。2階のギャラリーで作品を鑑賞する前後に、1階のバーで一献傾けたい。
・17:00~翌3:00(日は~24:00、月は18:00~24:00)、不定休。☎︎03-6265-9013
舟藤
この地で50年以上、営業する魚卸業者。鮮魚から珍味まで何でも揃う“小さな豊洲”だ。全国の漁協から直接仕入れ、首都圏の料亭、ホテル、結婚式場などに卸す。地下には20面のいけすを完備し、海水は毎日、千葉県からトラックで運んでいる。
歌舞伎町弁財天
歌舞伎町公園内に祀られている弁財天。大正2年(1913)に上野寛永寺の不忍弁天の分祀として本尊を勧請した。歌舞音曲や商売繁盛の神様とされ、歌舞伎町の守護神として親しまれる。右隣のお城のような王城ビルには飲食店などが入っているが、かつては名曲喫茶が営業していた。
風林会館
1967年に建てられた風林会館は歌舞伎町の象徴といえる存在。ビル内にはドラッグストア、ホストクラブ、ゴルフ練習場などが入っている。1階の『パリジェンヌ』はビル開業以来直営する洋食レストランで、観光客からこの街で働く人までが居心地のいいカフェとしても利用している。
麺屋 我論
2020年にゴールデン街に誕生したラーメン店。こだわりの無化調スープと国産小麦100%麺が光る。バーが母体なので、ハイボールに使う炭酸水で丸鶏、豚、昆布、香味野菜などを煮込み、卵もウイスキーに漬け込む。
・11:30~15:00・18:30~22:30、日休。☎︎03-6302-1748
人間レストラン
2018年、現在休業中の『ロボットレストラン』の真向かいに出店した、自称“ちょっと怪しいネオ居酒屋”。ロボットに対抗して人間味を全面に打ち出している。テラス席ではガールズバーの巨大電飾を眺めながら飲食を楽しめる。
・14:30~23:00、月休。☎︎03-6265-9700
えぷろん
表に看板を出していない隠れ家的スナックは今年で13年目を迎える。店長のかえさん(右)をはじめ、個性的な女性スタッフたちが日替わりでカウンターに立つ。大人気の生梅干しサワーは中田食品の「ご飯や焼酎お酒の肴に」を使用。
・20:00~翌5:00、無休。☎︎03-6273-8193
取材・文=石原たきび 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2023年6月号より