醤油がもたらした街の繁栄の歴史

2021年に高架化され、新しい装いへ工事真っ最中の野田市駅。西も東も醤油工場の施設ばかりで駅前には何もなく、正直、少々心細い。でも、影絵のようなかわいいSLの街路灯に導かれて歩くうち、町並みに生活感が現れる。ほら、ここは手作りのはんぺんやさつま揚げが並ぶ練り物屋さんだ。

有吉町会通りの街路灯にSLとレール!かつてはこの付近に旧野田町駅がありSLが貨物を引いていた。
有吉町会通りの街路灯にSLとレール!かつてはこの付近に旧野田町駅がありSLが貨物を引いていた。

「古い町並みがいいですよ。いきなりレトロな建物があったりするから」と『蒲鉾の八木橋』で教えられたとおり、目抜き通りの本町通りを行けば名建築が点々と。おおっ!と思わず声を上げた鴇色の堂々たる洋館は、国の登録有形文化財で近代化産業遺産である『興風会館』。昭和4年(1929)竣工当時は千葉県内で県庁に次ぐ大規模建築物だったとか。ひと目でわかる往時の街の繁栄ぶり。それをもたらしたのは醤油だ。

「東武野田線の前身は野田の醤油を運ぶために作られました。昔は野田の多くの人が醤油関連の仕事に就き、昭和30年代ごろまでは仕事が終わると街なかにどっと人が出てにぎわったそうです」と館長の長谷川昌男さん。粋なベンガラ塀に囲まれた近代和風建築の『野田市市民会館』も、醤油関連の文化財。「市民の方からは『文化財でお稽古できる!』と喜ばれます。見るだけではなく使うからこそ愛着を持ってくれるのかもしれませんね」と学芸員の柏女弘道さん。

整備中の野田市駅前で見られる醤油工場のタンク群。日によるのか風向き次第か、醤油の匂いが漂うことも!
整備中の野田市駅前で見られる醤油工場のタンク群。日によるのか風向き次第か、醤油の匂いが漂うことも!

古くていいものは文化財だけじゃない

バナナを強調した果物屋、カプセルから薬がこぼれる様を看板にした薬局など、グッとくる商店多し。
バナナを強調した果物屋、カプセルから薬がこぼれる様を看板にした薬局など、グッとくる商店多し。

誇らしきものに囲まれた街には新しい風も。広い間口の町家と三角屋根のモルタル建築が目を引く『旧中村商店』は、シェアキッチンや植物店や工房などが集まる複合施設で、2022年にオープン。その一つ、『CB PAC』は野田近辺ではなく千葉県全域の品が並ぶのが面白い。きっと街の人にも新鮮なはず!

清水公園駅そばには開店したてのアイス店『pebble』。野田っ子店主・寺田ゆかりさんと話せば、和菓子ならここ、そばならこことおすすめ情報が次々と! 野田愛感じるな〜。

立派な石柱とレンガ塀は市立中央小学校の旧正門。石畳の道の先には昭和初期築の校舎が。
立派な石柱とレンガ塀は市立中央小学校の旧正門。石畳の道の先には昭和初期築の校舎が。

「でも、学生時代は古くてさみしい街だと思っていましたよ。だから、外の人に案内できる店がもっとあればなあと思ってきたんです。そういう店の一つになれたらいいですね」

そんな新店ができるたび、「仲間が増えてうれしい」と頬を緩ませるのは、住宅地の古民家で営む『ぽぽぽべーぐる』の石山奈帆さん。「2013年頃に開店したころはアウェイ感がありました。店は老舗ばかりで、周囲の感覚は『店は商店街で開くもの』でしたから」。だが、今やここは地域のサロン的存在で、ラジオの配信に手紙部などの部活動、マルシェや駄菓子屋の出店……と、楽しいことの発信基地だ。

「町の人もだんだん目線が変わってきて、古くていいものは残したいと思う若い人が増えてきたと感じます。文化財じゃない古いものも町の魅力だと気づいてくれてもっと活かせていけたら素敵ですよね」。それは想像するだけで胸が高鳴る。野田のこれからは楽しみしかないのだ。

大正15年(1926)築の旧野田商誘銀行の建物はアール・デコ様式。現在は千秋社社屋。
大正15年(1926)築の旧野田商誘銀行の建物はアール・デコ様式。現在は千秋社社屋。
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ぽぽぽべーぐる

ただいまと言いたくなる安らぎのベーグルカフェ

「サンドが2種類選べるよくばりプレートです!」
「サンドが2種類選べるよくばりプレートです!」

石山奈帆さんが祖母宅を改装して営むこと10年。常時6種類あるベーグルは、リンゴ、ニンジン、山芋、玄米で作った天然酵母による自家製だ。居心地よいカフェ付き。よくばりプレートはドリンク付きで1000円。

・10:00~19:00(水・金は14:00~)、日・月・祝休。
・☎︎04-7122-1320

CB PAC(シービー パック)

生活に取り入れたい千葉の豊かさ

店内の音楽も照明もテーブルも千葉県内のもの。
店内の音楽も照明もテーブルも千葉県内のもの。

築約120年の旅館をリノベーションした『旧中村商店』。その母屋1階に開かれるのは、千葉県に縁のある品のみを柿木将平さんが一つひとつセレクトしたショップ。取り扱う品は50ほど。日常使いできる調味料や食品、衣料品や工芸に心躍る。

・12:00~17:00、水休。
・☎080-7797-3206

蒲鉾の八木橋

魚の味を噛みしめる練り物あれこれ

1969年創業の練り物製造販売店。全国から届く魚を石臼ですり身にし、水産練り製品一級技能士である2代目が華麗な手さばきで成形するのは、蒲鉾、はんぺん、常時15種類あるさつまあげなど。各種75円~。

・9:30~18:30、日休。
・☎04-7122-8712

野田市市民会館

市民に親しまれるお屋敷は国の文化財

大正13年(1924)ころ建築の醤油醸造家・茂木佐平治氏の旧邸を市民文化活動の場として1957年より開館。国登録有形文化財の建物の部屋は貸し出ししており、見学もOK。浴室や洗面所、台所がそのまま残り、凝った内装も見ごたえあり。

・9:00~17:00、火休。
☎04-7124-6851

pebble

素材の個性が詰まった癒やしのアイス

「6種類並ぶフレーバーは週替わりで変わります!」
「6種類並ぶフレーバーは週替わりで変わります!」

住宅の一角に2023年2月にできたアイスクリームスタンド。アイスは横浜市の青果店『ミコト屋』製で、旬の農産物を多用したユニークなフレーバーばかり。「乳化剤や安定剤に頼らず、素材の個性がしっかり味わえます」と寺田ゆかりさん。つるくびかぼちゃと黒豆煮+KIKIミルクのダブル760円。

・10:00~16:00、水・日休。
・☎なし

興風会館

街の栄華や地域貢献への思いを体現

醤油醸造業の経営者たちが地域貢献で設立した財団法人興風会の文化芸術施設。昭和4年(1929)に竣工した鉄筋コンクリート造4階建ての洋館で、21個のレリーフを配した豪華な大ホールを有する。建物脇にはガス灯も。見学可。

・9:30~16:30分、月・祝・第2木休。
・☎04-7122-2191

喜久屋

和菓子で野田をご堪能あれ!

「包装紙は市内の史跡巡りマップになってまーす!」
「包装紙は市内の史跡巡りマップになってまーす!」

野田にちなんだ品が豊富な老舗和菓子店。地元の最高級醤油使用の羊羹「御用蔵」1700円をはじめ、名産の枝豆で作る「枝豆」、野菜入りの「野田の野菜畑」、3種類ある「野田っ子」も。店の女性陣も和気あいあい!

・8:30~18:00、火休。
・☎04-7122-1604

駄菓子屋 チッチ

住宅地に現れる、週末だけのお楽しみ

屋台は近所の大工さんが作ってくれたんだって。
屋台は近所の大工さんが作ってくれたんだって。
「年代物の紙芝居を使っているよ。今日は孫悟空!」
「年代物の紙芝居を使っているよ。今日は孫悟空!」

地元の主婦・河村千尋さんが2022年9月から始めた駄菓子の移動販売。
週末になると重量120㎏ものリアカー屋台を引き、中根地区を中心に出没する。主に第2・4日曜14時~中根鹿嶋神社、第4土曜14時~『ぽぽぽべーぐる』の駐車場などで出店。楽しい紙芝居タイムもあるぞ。

P. trip

植物に囲まれヘルシーイタリアン

植物でいっぱいのオアシスみたいなイタリア料理店。特注のガス窯で焼き上げる評判のピザはディナー限定だ。しらすと九条ネギのピッツァ1320円、グラスワイン440円、白子と菜花のペペロンチーニ1180円、鴨のローストマデラソース1500円、自家製プチパン200円。

・11:30~14:00LO・17:30~20:00LO(夜は要予約)、木・金休。
・☎04-7121-2557

取材・文=下里康子 撮影=逢坂 聡
『散歩の達人』2023年4月号より