初めての外食は「お好み食堂」だったっけ……

郷愁の彼方に消え去ろうとしているデパートのお好み食堂界にあって、「京王百貨店新宿店」の『お好みダイニング 八寸八卓』はもはや重要文化財。3世代のファンがいるのも頷(うなず)ける。思い付くすべてのメニューが並ぶショーウインドーと、めくるごとにジャンルの違う料理が現れるメニューブックは見飽きることがない。

平日の昼時を少し過ぎたころ、隣の席に紙袋を置いた中高年の方が、ひとりゆったり食事する姿。時にはビールやワイングラスがテーブルの上に。常連さんと顔なじみの店員も多いという。窓際の特等席で日替わりメニューを食べるのは、近所のサラリーマンか?これが週末ともなると、家族連れでごった返すんだな。そういや、初めての外食は「お好み食堂」だったっけ……。

一番人気の八宝焼きそばもいいけど、ここはナポリタンでしょ。変わりゆく新宿西口の風景を見ながら、変わらぬひと皿を味わう至福のひととき。ハムとピーマンの色も消え入りそうな濃厚トマトソースが、スパゲティに絡みつく。しかも楕円(だえん)の銀の皿を使う心憎さ。この後仕事が無いなら、絶対飲んじゃうな。これ、ビールに合いますって。

「西武池袋本店」の『かるかや』でうどんを食べると、時間は何十年もさかのぼり、この屋上が遊園地だった時代がよみがえる。高度経済成長期、どこのデパートの屋上にも遊園地があった。親の買い物に付き合うのも、屋上で遊べるから。その頃から営業を続ける、いわば屋上の顔がここ。

「屋上だけで2回引っ越ししましたからね」と笑う金子多聞さんは、創業者である父親の後を継いだ2代目。

味覚と思い出とが直結するデパート麺

テーブル席が占める広い屋上に遊園地の面影はない。それ故(ゆえ)ゆっくり食事できるので、学生やサラリーマン、OLなどにも好評とか。なによりこの開放感! 暖かい時季もいいけど、寒い季節の1杯がいい。ジャケットの襟を立て、丼を両手で抱え込み、ハフハフしながら食べるんだ。

ほんのり甘いつけ汁に落とした玉子の黄身をいつ崩そうかと思いつつ、丼いっぱいの熱々にして長いうどんを食べ進めると、「ゆっくり食べなさい」って言う数十年前の親の声が頭の中を駆け巡る。歯応え十分のうどんが、どんどん消えていく。

デパートの食事は、思い出を食べに行くような気がする。電車で行けるタイムトラベルだ。

『お好みダイニング八寸八卓』[京王百貨店新宿]

濃厚なトマトソースの赤に胸が熱くなる

ナポリタン(サラダ付き)1320円は銀の皿に。
ナポリタン(サラダ付き)1320円は銀の皿に。

1964年の百貨店開業と共にオープンした「お好み食堂」は、2016年のリニューアル時に現店名になっても、和洋中の料理を提供するスタイルは変わらない。世代を超えて愛されるナポリタンも、創業時から健在。

・JR・私鉄・地下鉄新宿駅から徒歩1分。11:00~21:30LO(当面の間は~19:30LOの短縮営業)、不定休(京王百貨店に準じる)。新宿区西新宿1-1-4 京王百貨店新宿店8F ☎03-5321-5968

和洋中メニューが並ぶ豪華ショーウィンドウ。
和洋中メニューが並ぶ豪華ショーウィンドウ。
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1964年 「お好み食堂」開業当時

写真提供=京王百貨店。
写真提供=京王百貨店。

創業時は和食、洋食、喫茶など6店が食堂内に集まっていた。

1997年 8階レストラン街改修後

写真提供=京王百貨店。
写真提供=京王百貨店。

家族連れに応えて洋食・中華・子供メニューも揃え、夜間営業も開始。

『かるかや』[西武池袋本店]

豪快な太麺につけ汁の甘みが寄り添う

開放感いっぱいの屋上でゆったり。
開放感いっぱいの屋上でゆったり。

「西武池袋本店」地下での生うどん販売を経て、1969年から屋上で営業開始。コシのある太めの手打ちうどんと、関東風にアレンジした出汁の旨さは、遠方の常連もひきつける名物店。打ちたての生うどんは、食品売り場で買える。

・JR・私鉄・地下鉄池袋駅直結。10:00~19:30LO、不定休(西武池袋本店に準じる)。豊島区南池袋1-28-1 西武池袋本店9F ☎03-3981-0111(大代表)

ボリューム満点のつけうどん550円は一番人気。
ボリューム満点のつけうどん550円は一番人気。

取材・文=高野ひろし 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2022年12月号より