名和田耕平

2005年に独立、2006年名和田耕平デザイン事務所を設立。現在はコミックスやDVDパッケージ、画集、書籍、文芸誌・時刻表など幅広いデザインを手がける。 

小原果穂

1990岩手県生まれ。2013年名和田耕平デザイン事務所入社。現在はコミックスや文芸書などのデザインを担当。

 

名和田耕平デザイン事務所HP:http://www.nawatadesign.com/
Twitter:@k_n_d_o

えんどうゆりこ

1988静岡県生まれ東京工芸大学デザイン学科卒業。7回グラフィック「1_WALL」展 審査員奨励賞 菊地敦己選、ギャラリーハウスMAYA 装画を描くコンペティション Vol.12 準・祖父江慎賞、第12TIS公募展大賞 わたしの一枚 矢吹申彦賞、唐仁原教久賞受賞。

HP:http://yurikoendo.blog.fc2.com/
Twitter:@yuriko_endo

「やったら面白そうだな」を形にしていく

——「鉄道開業150年 交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト」(以下、プロジェクト)の一環として制作した短編集『鉄道小説』は、人と鉄道の記憶をテーマに5人の作家さんが書き下ろしたアンソロジーです。
「鉄道開業150年」というと何か大がかりなものをイメージしてしまいがちですが、電車は日常的に利用するものなので、プロジェクトでは読者の方に、「自分にとっての鉄道の記憶」に思いを馳せてもらえるような本をめざして企画をスタートしました。 

名和田 最初にお話をいただいたときから「楽しそうな仕事だな」と思っていました。普段は漫画やアニメ関係の仕事が多いので、目先が変わるし新鮮でいいな、と。 

小原 少し凝った仕様ができると聞いて面白そうだなと思いました。個人的に短編集という形が好きなので、それもうれしかったです。 

さまざまなジャンルのコミックスのデザインを手がける名和田耕平デザイン事務所
さまざまなジャンルのコミックスのデザインを手がける名和田耕平デザイン事務所
書籍や画集、『小説新潮』などの雑誌のデザインも
書籍や画集、『小説新潮』などの雑誌のデザインも

——名和田耕平デザイン事務所さんには、20225月号からリニューアルした『JR時刻表』の表紙デザインを手がけていただいているご縁もあり、この『鉄道小説』の装丁をお願いすることになりました。 

実体のある紙の本でしか表現できないような、見たことがないようなもの・新しい感覚のものにしたいと思い、「スリーブケースに穴をあけて、本を抜くとき・収めるときに、車窓の向こうに景色が流れていくようにしたい」「紙のケース・箔押しで硬券きっぷを思わせるような雰囲気にしたい」と、まずは「できたらいいな」「やってみたいな」と思うことを伝えました。 

表紙リニューアル後の『JR時刻表』。デザインは名和田耕平さん+亀谷玲奈さんが担当
表紙リニューアル後の『JR時刻表』。デザインは名和田耕平さん+亀谷玲奈さんが担当

名和田 プロジェクトメンバーの思いも強くて穴あきのスリーブケースという具体的な希望もあったので、それをどう視覚的に作り上げていくかが自分の仕事だと考えました。本当はスリーブケースの穴に横棒を一本通したかったんです。穴をもっと電車の窓らしく見せたくて、古い車両によくある2段窓のイメージで。あとは、本物の硬券きっぷをスリーブケースの表に貼り付けたり、ケース自体をきっぷに見立てて改札鋏を入れるのもいいなと思って提案しましたね。 

 

——「硬券きっぷを貼る!」というのは斬新だなと思いました(笑)。ただ、横棒や硬券は流通の過程でのトラブル防止のため断念することに。 

名和田 そうですね。でも結果的には、できあがったものにはまったく悔いはないので。予算、流通のハードルがあることは重々承知した上で、自分としては最初から無難におさめたくはないので。まずは「やったら面白そうだな」と思うことを提案しました。硬券きっぷ案は最終的に、スミ(黒)の箔や、スリーブケースに貼っている帯代わりのシールデザインに生かしましたしね。 

 

——本体の表紙デザインは、どのように? 

名和田 窓から見える景色とのことだったので、最初は写真を使おうかなとも考えました。シャッタースピードを落として撮影した流れる風景の写真とか。でも写真だと、どうしてもイメージが決まりすぎてしまうので、タイプの違う5人の作家さんの作品をまとめることもあり想像力を掻き立てる抽象的なものがよいと考え直し、それならイラストレーションがいいなと。イラストレーションは懐が深いので、具体的すぎないイメージが表現できるんです。まずはこの表紙の抽象的な表現から考えはじめ、どんな人に描いてもらおうかと探しているときに出会ったのが、えんどうゆりこさんでした。 

自分が動かしたい電車のおもちゃをイメージして描いた

名和田 スリーブケースはロールプレイングゲームのマップのように、風景なんだけど人間の視点ではないような、日本画のように平面的な感じがいいなと思っていて。そこに小さい電車をいろんな方向から走らせたいなと。鉄道開業150年に向けて出すアンソロジーなので、すべての小説の基準軸となる鉄道、電車がないとな……と思ったのと、「電車の本である」という情報をスリーブケースにのせて、ラッピングのように本をくるむイメージもありました。 

 

——名和田さんが「えんどうさんにお願いしよう」と思ったのはどのようなポイントでしょうか。 

名和田 えんどうさんが動物や植物を描いたイラストを見ていたのですが、「形」をとらえる力が素晴らしくて。たとえば木を描くにしても、実際の木を写真に撮って模写したところで、いい形にはなりません。それはもう本当にセンスがすべてなので、色づかいも含めて「電車もきっと描けるだろう」という確信がありました。表紙の抽象的なイメージとケースの電車、両方お願いできるな、と。 

えんどう 今まで電車を描いたことがなかったので少し戸惑いましたが、名和田さんとお話しするなかで、普段通り描けばいいかなと安心できました。しかもスリーブケースには電車などのモチーフを描いて、表紙には抽象画をというオーダーだったので「具象と抽象、両方描いていいんですか!」とうれしくなりました(笑)。普段から背景を抽象的に描くことが多いので。 

 

——えんどうさんの普段のイラストのお仕事では、どのようなものを描くことが多いのでしょうか。

えんどう 動物や植物を描くことが多いです。雑誌のイラストレーションなどの仕事をしていて、アパレルブランドSUPER HAKKA(スーパーハッカ)」とのコラボで洋服や小物を手がけたこともあります。装画のお仕事はずっとやってみたかったのですが今回が初めてで、お声がけいただいてとてもうれしかったです。 

えんどうさんの作品のポストカード
えんどうさんの作品のポストカード
えんどうさんと「SUPER HAKKA」とのコラボワンピース
えんどうさんと「SUPER HAKKA」とのコラボワンピース

名和田 打ち合わせの時に、えんどうさんと大学でお世話になった恩師が同じということが判明して。谷口広樹先生という方なんですが、ご自身で絵を描きデザインして本をつくってしまうようなすごい方で。僕は先生に憧れつつも「足元にもおよばないなあ」と思い知って、それで絵を描くのをやめデザインの道に進んだようなもので……。 

えんどう 谷口先生は昨年亡くなられたのですが、このお話を聞いたらとても喜んでくださったと思います。お渡ししたかったです。 

 

——すごいご縁ですね……! えんどうさんに描いていただく電車については、名和田さんからどんなものがよいかとご相談をいただき、プロジェクトからは想像が広がるといいなという思いから、「具体的な列車が思い浮かばないような、子どもが描いた絵のような電車」を希望しました。 

名和田 鉄道ファンの方が好むような人気の電車、リアルな電車をえんどうさんに描いてもらうのは違うなと思っていたのでよかったなと。えんどうさんには、いつもの作風で、電車の「概念」を形にしてくださいとお願いしました。 

えんどう 普段から自由に発想することや模様を考えるのが好きで、今回は自分が小さい頃、動かしたいおもちゃを作るような感覚で電車を描きました。ラフの段階では色も模様も描いていなかったので、着彩しながら「ここはこんな色にしよう」とライブ感で。 

 

——ライブ感で! ふだんもそのような制作スタイルなのでしょうか。 

えんどう 作品によりますが、背景など全体の色味は最初に決めて、その上に描く細かいモチーフの模様や色は最後に描いて仕上げることが多いですね。配置はすごく気にするのでラフ段階で決めるのですが。

スリーブケースのラフ(左)と、着彩した原画
スリーブケースのラフ(左)と、着彩した原画

名和田 仕上がった汽車や電車、表紙のイラストを拝見したときは、事務所のメンバーで感動していました。自分が漠然と想像していたものが形になって「夢が叶ったな」と。 

 

——表紙も、朝や夜、沿線の木々やキラキラした光など、見る人によって違う印象を受けるイラストレーションで、何度もケースから出し入れして眺めてしまいました。 

名和田 10年後に手に取る人もいるかもしれないと思ったときに、「ずっと見ていられるもの」「読み継いでいきたくなるもの」を作りたくて。えんどうさんには、車窓から見える表紙は朝から夜の移ろいゆく時間を抽象的に描いてほしいとお願いしました。反対方向に差し込んだときの印象も意識しています。 

表紙のラフ(左)と原画
表紙のラフ(左)と原画
反対に差し込むと違う車窓が楽しめる
反対に差し込むと違う車窓が楽しめる

ページをめくるたびに、電車の音がガタンゴトン

——小説本文のデザインはどういうところから考えるのかな、ということも気になっていました。 

名和田 本文は小原が組んでくれたのですが、総ページ数とデザインバランスを考慮して、天地の余白を広く取りました。柱(各ページに入っている作者名や作品名の部分)のデザインはもっと余白を広くとった案もあったのですが、そうすると静寂というか、端正ではあるんだけど本文を開いたときにそっけない感じに見えて違和感があって。ノイズというわけではないですが、ページをめくるたびに「ガタンゴトン」と電車が走る音が聞こえるようなワクワク感がほしかったんです。 

小原 あとはタイトルの文字数が作品によってバラバラなので、それでも成立するようなデザインを目指して縦で改行を入れる形になりました。目次や奥付に入れている斜線のあしらいは昔の硬券のデザインを意識しています。 

名和田 アンソロジーなので、この部分の文字数で作家さんごとに少し見え方が違う、というのもよかったかなと思っています。 

柱には作品タイトルと著者名を入れてデザインした
柱には作品タイトルと著者名を入れてデザインした
硬券の小児断線(この線で切り離しこども用のきっぷとする)をイメージした斜線のあしらいが印象的なもくじ
硬券の小児断線(この線で切り離しこども用のきっぷとする)をイメージした斜線のあしらいが印象的なもくじ

——ケースや表紙のデザインラフを見て、メンバー内では「ホラー作家の澤村さんの作品がこんなかわいらしい装丁の本に!?」と当初驚きの声もあったのですが(笑)、澤村さんの作品をはじめ子ども時代のエピソードが重要な作品も多かったので、電車のイラストとの親和性や本文のディテールを含め、1冊にまとまったときに不思議なほどしっくりきました。 

名和田 そうですね。いいデザインの答えは一つではないと思うのですが、最終的にまとまったときに「これでよかったな」と思いました。僕としては、えんどうさんに装画をお願いできたことがいい仕事をしたな……! という一番のポイントで。イメージしたものが形になっていく過程は楽しいなあ、と。 

小原 皆さんそれぞれこの本への熱い気持ちがあり、そんなお仕事に携わることができて光栄だなと感じています。大事な一冊になりました。 

えんどう 本当に幸せなお仕事でした。できあがった『鉄道小説』を手に取って最初に眺めたとき、スリーブケースから取り出したときの感動が忘れられなくて、「宝物だな」って思いました。 

 

——今回、プロジェクトで小説の本を作るのも、名和田さんがえんどうさんとお仕事をされたのも、えんどうさんが装画を手がけ電車を描いてくださったのも、みんな「はじめて」の機会になったことが実はとてもうれしかったです。素敵なデザインをありがとうございました! 

 

聞き手=渡邉 恵(交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト事務局)
構成=上野山美佳(交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト事務局)
撮影=中村こより(交通新聞社 鉄道文芸プロジェクト事務局)   

 

えんどうゆりこ展「石のほのぼの」

鳥が羽を閉じ、じっとまるく佇む姿に強く惹かれるというえんどうさん。ぬくもりを包むようにやさしく紡ぐえんどうさんの描線と繊細な色彩が、鳩・ふくろうといった鳥たちをはじめ、さまざまないきものの営みを描き出します。 

会期20221116()〜124()
場所ヨロコビto Gallery Cafe ArtCard東京都杉並区西荻南3丁目21-7 
時間平日11:3019:30 土日祝日11:0019:30
電話: 03-5941-7686
休み:月曜
営業時間は短縮変更になる場合あり。詳細は下記参照。 

http://yorocobito-g.com/
https://twitter.com/yorocobito_shop 

鉄道小説
鉄道小説
鉄道開業150年。5人の気鋭の小説家が描く“人と鉄道の記憶”についての物語。