三重の老舗がなぜ駒沢へ?
東急電鉄田園都市線駒沢大学駅からすぐの場所に、2022年11月3日、餅菓子専門店『KIKYOYA ORII(ききょうやおりい) – since 1607 – 』がオープンした。慶長12年(1607)創業の三重県伊賀市『桔梗屋織居』の19代目、中村弓哉さんが開いた新ブランドだ。
ガラス張りの店内に木製のばんじゅうが6つ並んでいるのが見える。手前には見本の餅菓子が7種類。木の温もりあふれる柔らかな雰囲気に、外観から癒やされる。
餅菓子は中村さんを中心に少人数で手作りするため、数に限りがあると聞き驚いた。てっきり19代目は18代目と共に三重の店にいて、東京の新ブランドはスタッフにお任せするのかと思っていた。19代目の中村さんはこの店の店主であり職人でもあり、基本的に今後も東京を拠点にするそうだ。
都会での新たな和菓子展開に挑戦すべく、自ら店頭で製造販売に携わるとのこと。中村さんが通った製菓学校も最初の修業先も世田谷区にあったそうで、このあたりは第二の故郷のようなものだという。それでここに店を構えることにしたそうだ。
その名も「十九代目の豆大福」
看板商品はその名も「十九代目の豆大福」。豆大福はファンが多い和菓子だ。餅菓子店にとどまらず、上生菓子が主力でも豆大福を作る店は東京では珍しくない。甘党にもそうでない人にも受け入れられて、日常のおやつにも、ちょっとした手土産にもちょうどいい。19代目はどんな豆大福を作ったのだろう。
早速「十九代目の豆大福」をいただく。もち米「滋賀羽二重餅」を蒸して朝ついた餅はキメが細かくよく伸びる。ほどよい塩気のえんどう豆は適度な食感と香りを残し、こし餡は感動的に滑らかだ。「基本がおいしいということがとても大切だと思うのです」と中村さん。真っ直ぐにおいしさが伝わってくる。
ドライも生も。フルーツの大福。
フルーツ大福の皮には砂糖を加えて煉り上げる求肥が使われることもあるけれど、『KIKYOYA ORII』の大福はすべて朝ついた餅を使う。大福らしい適度なコシと食べ応えはあるけれど、餅生地は薄く柔らかいので重たさはない。
フレッシュフルーツだけでなく、ドライフルーツの大福もある。マスカルポーネチーズをドライ白無花果の餡で包んだ大福は、同店ならではの餅の柔らかさとマスカルポーネチーズの滑らかさが溶け合い口溶け抜群。白無花果の食感やコク、ディルの香りが重なる個性ある大福はすぐに人気を集めそうだ。
街の人が集う場所をつくる
近年贈答品の需要が減り、またのれんの担い手不足により苦しんできた和菓子店は少なくないと話す中村さん。老舗として次世代にのれんを託すために、今の時代にどんなことができるのか。そんなことを考えながら「和菓子で幸せを増やす」をコンセプトに開いたのが『KIKYOYA ORII』だ。
「街の皆さんがほっとできるような楽しい空間にしたい」とのことだが、ガラス張りの餅菓子店には安心感しかない。お邪魔した日はオープン前の内覧日だったのだが、ご近所さんが次々と「いつ開店するの?」「どんなお菓子があるの?」と覗きにやってきていた。自分用にはもちろん、ちょっとした手土産にもぴったりな同店の餅菓子。あっというまに街の愛され和菓子店になりそうだ。
文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)