巨大工場は巨大団地に。時の流れを感じる街並
ラジカセから大音量でベンチャーズを流しながら宴会をするご老人たち。その横ではヒジャーブをまとった親子が夕涼みし、中国人の子供が三輪車で走り回る……。
これは豊島五丁目団地の広場で夕方に目にした光景だ。なお広場目の前の団地1階には、ガチ中華の朝食を食べられる『豆神家』など、中華系のお店がズラリ。そしてこのエリアの団地は世界的ラッパー・KOHHが育った場所で、ヒップホップの文化まで根付いている。
今回巡った北区豊島エリアは王子駅から20分は歩く場所で、ひっそりと多様な文化と歴史が息づく面白い街なのだ。
まず、街の中心といえる豊島中央通り商店街へ。夕方は車締め出しになる長〜い商店街で、魚屋、肉屋、花屋に銭湯などが今も営業。なぜ、駅から遠いこの場所に立派な商店街が?
「それは大工場地帯が裏に控えていて、周囲に社宅もたくさんあったから。仕事が終わるとブワァ〜と人が出てきて、夕方の商店街なんか人の山だったわけ」
そう話すのは『魚濱』店主の成川友英さん。王子といえば王子製紙が有名だが、豊島五丁目団地の場所には製紙に用いる苛性ソーダの工場があったのだ。ちなみに、その工場で生産された鍰(からみ)煉瓦は今も豊島に点在。探して歩くのも一興だ。
丁寧な仕事に感服。町の洋食酒場『からす亭』
内装は酒場風だがメニューは“町の洋食”王道の『からす亭』。海老フライとハンバーグの盛り合わせ1100円はタルタルソースまで手作り。ハンバーグの口溶けやわらかなジューシーさがどこか懐かしい。この海老フライだけでなく串カツやソテーしたアスパラも超大ぶり。仕入れも調理も1人でこなす店主の仕事に頭が下がる。
創業は明治期。商店街の顔の鮮魚店『魚濱』
氷を敷き詰めたショーケースに並ぶ旬の魚は艶やかで新鮮そのもの。威勢のいい挨拶が店外まで響く魚濱は、創業から家族経営を続ける、今なお元気な鮮魚店だ。刺し身も当然店頭でさばいたもので、中落ちやぶつ切りも新鮮かつ安価。ぶり大根250円などの総菜はごはんの進む味付けがうれしい。
- 10時~17時30分ごろ
- 日休
- ☎03・3911・8305
奈良時代創建と伝わる歴史ある寺院『西福寺』
江戸時代に広く庶民に親しまれた六阿弥陀詣の一番札所である西福寺。行基作と伝わる木造の阿弥陀如来は戦災で焼失したが、難を逃れた胎内仏は今も秘仏として本堂に奉安。変わらず人々の信仰を集める。『江戸名所図』の挿絵にも描かれた仁王門は色鮮やかに修復され、門柱に絡みつく「鳴き竜」の彫刻が見事。
創業80年超。23区唯一の乾麺工場『江戸玉川屋』
3代目の関根康弘さんと弟の清元さんらが伝統の麺づくりを受け継ぐ江戸玉川屋。通常の4倍の24時間熟成乾燥させた満さくうどん350円(210g)は、透き通る光沢感とつるつるとした食感が美味。現在はそばやラーメン、生麺、蒸し麺など約200種の麺を製造。1階直売所は麺のデパートのような楽しさ!
団地1階で食べられる“ガチ中華”『豆神家』
豆神家は豊島五丁目団地のショッピングモールに2022年4月開業。揚げパン「油條」200円を、醤油味のスープに柔らかく固めた豆乳が入った豆腐脳420円や豆乳210円にひたしていただく中国定番の朝食も提供。ほか小籠包や白菜漬物の豚まん、月餠などの点心も揃う。注文のタッチパネルも中国語混じりで異国感満点!
マイペースにわが道を追求できる街
そして、この街には中華そばの名店『伊藤』から、内モンゴル式のビーフジャーキー店『マンダ』まで“我が道を行くイイお店”が多い。そんな店の一つ『Anjelique BeBe』の戸島康雄シェフに「なぜ駅から遠いこの場所にお店を?」と聞いたとき、「駅前って、おいしいお店あります?」と聞き返されたのが印象に残った。ここ豊島は、街の人と向き合いながら、自分のやりたいことをマイペースに追求するのにいい場所なのだろう。
高齢化も多国籍化もそれなりに進み、商店街にはシャッターも目立ってきた。時の流れに身を任すような街のありようを肌で感じながら「新しい文化が自然発生する場所って、実はこんな街なのかも」と思うのだった。
クミン味もある!内モンゴル式のジャーキー。『マンダ』
内モンゴル式「牛肉干」専門店マンダはチンギス・ハーンの時代から続く伝統のビーフジャーキーを、内モンゴル出身のユニディンさんが製造・販売。醤油、焼き、クミン、旨辛の味があり(1本30g250円、測り売りも可)、焼き以外は水分を20%残した干し方が特徴。一般的なジャーキーより柔らか&ジューシーだ。
元ホテルのシェフが2001年に開業。『Anjelique BeBe(アンジェリックべべ)』
「パンにも僕にもストレスのない作り方」という『Anjelique BeBe(アンジェリックべべ)』のフランスパン280円は、イーストの量を抑えて低温・長時間発酵。小麦の風味が口いっぱいに広がる。定番のあんぱん216 円は生地のしっとり感とあんの食感が絶妙にマッチ。約60種のパンはどれも「ここにしかない、どこにでもある」味だ。
2022年で20周年。住宅地にひそむ小劇場『シアター・バビロンの流れのほとりにて』
「え、こんな場所に劇場が?」と驚くような住宅地にある『シアター・バビロンの流れのほとりにて』。オーナーは主宰の劇団・阿彌(あみ)で能楽の様式を取り入れた現代劇を見せてきた岡村洋次郎氏。本劇場の公演も若い劇団の舞台に混じって前衛的なものが目立つ。なお青の外壁が美しい建物は元スナックだそう。
取材・文=古澤誠一郎 撮影=井原淳一
『散歩の達人』2022年9月号より