実家は浅草で70年続いた大衆食堂。2つ違いの兄弟で定食にこだわった店を経営

神保町駅A5出口から徒歩4分、区立お茶の水小学校の近くにある『ATSUMI食堂』。“食堂”という名にはややミスマッチな、生成り色の壁と大きな格子窓が印象的だ。シンプルながら洗練されていて、ナチュラル感が女性好み!

うどん店『丸香』やカレー店『カーマ』など人気店の並びにある。
うどん店『丸香』やカレー店『カーマ』など人気店の並びにある。

神保町には代々店を営んでいる人たちが多い印象がある。神保町で生まれ、浅草で育った店主の三浦賢さん、料理長の三浦徹さん兄弟が営む『ATSUMI食堂』も、店の屋号を引き継いだ。ただし、店の場所もレシピも全く新しい店としてのスタートだ。

左から、料理長の三浦徹さん、店主の三浦賢さん、アルバイトの舜くん。
左から、料理長の三浦徹さん、店主の三浦賢さん、アルバイトの舜くん。

「代々浅草でひいおじいちゃんが開いた大衆食堂『阿つみ食堂』を営んできました。でも、僕らが中学生のときに父が病気で倒れてしまい、店を閉めました」と兄で店主の賢さん。自身が大学を卒業した時「この先仕事をしていくなら飲食だな」と思い、かねてから飲食店でアルバイトをしていた2つ年下の弟・徹さんを料理長として誘い、この店を作った。今はアルバイトの舜くんを加えた3人で店を切り盛りする。

「僕らの店はパスタなど洋食も提供するので、父から屋号を譲ってもらった時にアルファベット表記にしました。店を開く場所はそれほどこだわりがなく、昔から縁が深い神保町へ。親戚がさくら通りで店を営んでいたり、神田明神で神職をしていたり。それに僕らはすぐそこの日大病院で生まれたんですよ(笑)」と賢さん。

白と木目調の店内。ひとりでもリラックスしながら食事ができる空間だ。
白と木目調の店内。ひとりでもリラックスしながら食事ができる空間だ。

というわけで、お父さんが経営してきた店とはスタイルが違うものの、2018年8月『ATSUMI食堂』を開店した。「70年続いていた店は大衆食堂だったので、この店も定食、喫茶、お酒なんでもあり、というスタイルに。また、ランチだけでなくディナーでも定食を提供することにもこだわりたかった」と賢さんは語る。

ふんわりなめらかなチーズのムースが、お肉ゴロゴロのミートソースに鎮座する「ホワイトミートソース」

メニューを開き、パッとみた瞬間に太郎ぽーく味噌漬け定食かホワイトミートソースにしようと決めていた。はたして保守か、革新か。筆者の頭の中でランチ会議が繰り広げられた。

保守派の主張は「午後の仕事の生産性はランチの満足度に左右されるといっても過言ではありません。太郎ぽーく味噌漬け定食なら味も想像できますし、確実にうまいのであります!」。すると革新派が即座に起立してこう反論する。「ここは東京いちコスパのいいランチ天国・神保町ですよ? メニューの冒険をしなくてどうしますか。このメニューは女性に絶大な人気があるそうですよ。ここは、ホワイトミートソース一択であります。改革なくして成長はありません!」。

……多数決はわずかながらホワイトミートソースに軍配が上がった。しかし、可決されてもまだ心は揺れ動く。きっと政治の世界も同じなのだろう。

コトコトと鍋で煮込まれる濃厚でおいしいミートソース!
コトコトと鍋で煮込まれる濃厚でおいしいミートソース!

それにしても、どうしてこんなメニューを思いついたのだろうか。「神保町はランチのレベルが高いし、ほかのお店よりインパクトのあるメニューを作ろうと考えました。そこで、パッと『ミートソースの上に生クリームを乗せたい』と思いついたんですよ。かっぱ橋に行ってお店の人にそのことを話すと、『エスプーマっていう液体を泡状にする調理器具があってね……』と紹介されて。試作を重ね、よくミートソースにチーズをかけるので、チーズと生クリームをエスプーマにしちゃいました」と賢さん。へぇ〜、すっごくおいしそう〜!

ゴロゴロした大きめの豚ひき肉やトマトの果肉がありがたい。
ゴロゴロした大きめの豚ひき肉やトマトの果肉がありがたい。
茹で上がったパスタとミートソースを炒め合わせる。このときにも粉チーズをたっぷり!
茹で上がったパスタとミートソースを炒め合わせる。このときにも粉チーズをたっぷり!
ソースがパスタによく絡んでいる。チーズたっぷりゴロッとミートソースとしてもメニューに存在している。
ソースがパスタによく絡んでいる。チーズたっぷりゴロッとミートソースとしてもメニューに存在している。
パスタを覆い隠すように4種のチーズと生クリームのエスプーマがたっぷり。
パスタを覆い隠すように4種のチーズと生クリームのエスプーマがたっぷり。

ほどなくして徹さんが料理が運んできてくれた。こんもり、なめらかなエスプーマはミートソースに合わせるとどんな味になるのだろう。さあはじまるぞ、筆者の味覚革命が。

ホワイトミートソース1580円。前菜が3種付く。この日は左からナスのバルサミコ、ハム、ポテサラ。そして冷製のコーンスープ。これらは季節により変わる。
ホワイトミートソース1580円。前菜が3種付く。この日は左からナスのバルサミコ、ハム、ポテサラ。そして冷製のコーンスープ。これらは季節により変わる。

ミートソースだけで食べてみると、トマトソースの酸味が少なく豚肉の旨味やチーズのコクが相まって濃厚でまろやかな味わい。ゴロッとした肉はびっくりするくらいジューシーでやわらかい。口に頬張ったまま、徹さんを見てうんうんと肯いていると、「ミートソースは弱火にしてコトコト煮込み、豚ひき肉をハンバーグみたいに塊の状態で煮込んで仕上がりの直前で崩すからふんわり柔らかいんですよ」と解説してくれた。

濃厚なミートソースに、コクのあるチーズと生クリームのエスプーマが絡んで、うーん。ボーノ、ボーノ!
濃厚なミートソースに、コクのあるチーズと生クリームのエスプーマが絡んで、うーん。ボーノ、ボーノ!

エスプーマだけをすくってみると、なめらかでふんわりとしたチーズの泡。とってもきめ細かい。さらにミートソースパスタに絡めてみると、どちらも濃厚でコクのあるトマトとエスプーマが混ざり合って超濃厚ミートソースパスタだ。これは脳に刻み込まれるうまさ。また食べたくなる常習性があり、こうして原稿を書きながら舌が欲しがっている。

夜も定食を提供。「おひとりさまも大歓迎です」

神保町は飲食店が豊富で質の良い店が多い。「でも……」と賢さんが続ける。「夜も一汁三菜がそろう定食を出している店は意外に少ないんじゃないかと思って、“ひとりになりたい夜もある”というコンセプトを掲げました」。女性ひとりでも気軽に入れるお店なのだ。

オープンカウンターでのんびりと料理やお酒が楽しめる。
オープンカウンターでのんびりと料理やお酒が楽しめる。

「神保町はどの店も当たり前においしくて、かなりレベルが高い街ですよね。夜も『おひとりさま歓迎』を掲げているお店があるけれど、実際にはお店に入るのに勇気がいるし居酒屋さんだとお酒を飲まないといけない気もするし(笑)。仕事で疲れているから、食後はコーヒーやお茶、なんだったらお冷やだけ飲んでさっと帰りたい、そういう人もいると思うんですね。ウチは定食だけでもOKですし、1杯だけ飲みたいも大歓迎です」。

クラフトビールやワインも充実。
クラフトビールやワインも充実。

夜もランチと同様にスープ、前菜3種付きのチーズたっぷりのごろっとミートソースセットなどのパスタセットや、長野の太郎ファームで育った太郎ぽーくの味噌漬け、チキンステーキなどの定食1280円〜が充実。

「今日は1日頑張った〜! っていう方のために、夜定食にクラフトビールをつけたお得なセットも2000円で用意しています」。

 

定食だけでなく、一品料理も充実しているから1人飲みもできる。
定食だけでなく、一品料理も充実しているから1人飲みもできる。

会社では頑張るのは当たり前。「今日は頑張ったね」といたわってもらっているみたいでちょっとうれしい。明日、もうひと頑張りするためにちょっとだけ背中を押してくれる、そんなやさしさを感じる店である。

住所:東京都千代田区神田猿楽町1-2-4/営業時間:11:30〜14:30・17:30〜21:30LO/定休日:土・日・祝/アクセス:地下鉄神保町駅から徒歩4分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢