そんな時、駅前でティッシュを配っている若者の後ろに見つけたバイト募集の立て看板。「時給1300円」「シフト自由」「日払い・週払い可」と大文字で書かれている。ティッシュ配りか。今まで思いつかなかったが、意外といいかもしれない。条件も申し分ない。ティッシュを配るだけの単純な労働なら自分にもできるだろう。

思い立ったが吉日、私はその場で立て看板の電話番号を携帯に打ち込み、電話をかけた。その数分後には、翌日昼に上野で面接を受けることが決まっていた。

面接官は黒スーツの男

面接場所はアメヤ横丁から1本外れた通りの一画にあった。夜は水商売の店として営業しているであろう建物の中に入ると、すでに黒いスーツを着た面接官とビジュアル系バンドマン風の応募者が腰掛けている。面接官は浅黒い肌で目が鋭く、ディープな世界を生き抜いた厳しさを醸し出していた。

アンダーグラウンドな雰囲気に少しビビりながら説明を聞く。多少は予想していたが、看板に書いていた給与条件と違うところがある。時給は900円からスタートで交通費も出ないらしい。理不尽だが、ここまで来たらもう受け入れるしかない。他にいい選択肢もないし、とにかく早く働かなくてはいけない状況なのだ。

そのティッシュ配りは、コンパニオンの女の子を募集するためのものだった。「男とデブには配らないでね。配ったらすぐにわかるから」無感情な口調に、掟を破ったら恐ろしい目に遭わされそうな恐怖を感じていると、突然「君、話聞いてる?」と尋ねられた。怒っているのかと思いドキッとしたが、顔は笑っていたので「聞いてます聞いてます!」と若干ツッコミを交えた口調でヘラヘラしながら答えたところ、なぜか「お前、意外と笑うと可愛いじゃん。その顔で配った方がいいよ」と褒められた。私はうれしくなり、元気よく「わかりました」と答えた。

面接が終わりそのまま、上野駅前でティッシュを配ることになった。特に何も言われなかったが受かったようだ。ティッシュを持って街に立つと、新しい仕事を始めるワクワク感を久しぶりに思い出した。今まで気づかなかったティッシュ配りの才能が目覚めたらどうしよう。新人離れした数のティッシュを配って店長を驚かせようか……少し高揚した気持ちでティッシュを配っていたが、30分もすると早くも飽きていた。歩いている人の中に若い女性は多くないし、渡そうとして無視されることも、露骨に嫌な顔をされることもある。

基本的には迷惑がられる仕事なのだ。そのうえずっと動き続けていなくてはいけないので疲れる。休憩については何も言われなかったが、10分くらいその辺で座って休んでも罰は当たらないだろう。しかし、以前バイト先で先輩から「こんなバイトもちゃんとやれないようじゃ、バンドだって何だって本気でやれるわけがない」と説教されたことを思い出した。確かにその通りだ。何事もベストを尽くさなければ、うまくいくわけがない。私はサボりたい心にムチを打ち、いくら断られようともストイックにティッシュを配り続けた。

ひたすら配った結末は?

3時間ほど経った頃、さっきの面接官の部下のような男がやって来た。一旦作業を中断しろとのこと。やっと休憩させてくれるのかと思っていると、男はティッシュが入っている段ボールの中身をチェックし、「サボった?」と聞いてきた。なんてことを言うんだ。何度もサボりたい誘惑と闘って打ち勝ってきたのに。急いで否定すると、彼はふーんという顔で「3時間で1箱も配れない様じゃちょっと厳しいか……」とつぶやいた。全くノルマに達していなかったらしい。でもまあ、慣れていないうちはそんなものだろう。今後は配り方のコツなども質問していこう。

男が「箱持って来て」とだけ告げて面接場所の方へスタスタと歩きだしたので、よくわからないままついていく。店についてダンボールを下ろすと、「おつかれ、帰っていいよ」と言われた。状況を呑み込めないでいると、男はめんどくさそうに「3時間でこの量しか配れないようなら雇えないわ。店長がせっかくアドバイスしてくれたのに笑顔もなかったし」。

どうやらクビになったことをやっと理解した。しかし、チャンスが一度しかないのはあまりにも非情だ。確かに笑顔はなかったかもしれないが、あんな軽いアドバイスを絶対守らなくてはいけないとは思わなかった。せめて往復の交通費500円だけでもと思ったが、言い出す勇気はなかった。

わざわざ上野まで行って、タダ働きでティッシュを配った一日。徒労すぎる。至急他のバイトを探さなくてはいけないが、こんな自分が働ける場所などあるのだろうか。家に帰る頃には完全に日が暮れていたが、働きたくない気持ちとお金のなさの折り合いはまだつかないままだった。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2019年7月号より

初めて東京に行ったのは小学6年生の時だった。夏休みの終わりの1週間、10歳上の姉が上京して住み始めた井の頭線池ノ上のアパートに、幼馴染と一緒に遊びに行くことになったのだ。
小学生の頃、たまに親が健康ランドに連れて行ってくれた。子供なので、いろんなお風呂があると全種類をコンプリートしたくなる。その中で、少しハードルが高いが、水風呂にもできるだけ入るようにしていた。試行錯誤するうちに、サウナで限界まで耐えると水風呂に入りやすくなることがわかった。