東京は刺激に満ちていた。ディズニーランドや井の頭公園、新宿の100円ショップ。行く場所行く場所楽しくてしょうがない。

東京滞在も終盤のある日、下北沢の漫画喫茶に連れていってもらった帰りにいろんなお店を覗いていると、雑貨屋で何かを見つけた姉がニヤニヤしながら聞いてきた。

「なあ、ゆずのストラップあるで。欲しいんちゃう?」

私は、当時デビュー間もないフォークデュオ・ゆずの大ファンだった。小5で生まれて初めて買ったCDはゆずの『夏色』、次に買ったのもゆずのライブだった。ゆずが出ている番組は全て録画していた。だからもちろん、地元に売っていないゆずのストラップも喉から手が出るほど欲しかったが、私は笑いながら「ストラップまでは別にいらんわ」と答えた。

姉は上京する前、私のゆずファン度が強まっていくことにいい顔をしていなかった。どう思われようと無視すればいいのだが、当時の私は姉からダサいと思われることを異常に気にしていたのだ。テレビを見て姉が笑っていれば、面白さがわからなくても「本当はこれが面白いんだ」と思った。音楽に関しても、自分の知らない洋楽ばかり聴いている姉を畏怖し、姉の好まないゆずを好きなことに、どこか後ろめたさを感じていた。

時々部屋に呼び出してレディオヘッドやニルヴァーナのCDを聴かせ、私を違う嗜好へ導こうとする姉。しかしそんな情操教育にもかかわらず、私はゆずのCDだけでなくカレンダーやポストカードまで買って、押し入れに隠していた。勇気を出して勉強机にゆずのポストカードを飾った際も、好きではないGLAYやジュディマリのカードを一緒に飾るカモフラージュ策を弄していたが、年の離れた姉にはお見通しのようだった。

しかしゆずの公式キャラクター「ゆずマン」があしらわれたストラップ、ファンとしては絶対に手にいれておきたい一品である。ストラップをつける携帯電話は持ってなかったが、マジックテープの財布は持っていた。あの財布にゆずストラップをつけて街を歩けたら、どんなに素敵だろう。

明日は帰る。猶予はない!

気持ちを押し殺したまま雑貨屋を後にし、ゲームショップに寄ってから池ノ上の家に帰る。みんなで夕飯を食べている時も、頭の中はストラップでいっぱいだった。

明日の昼には新幹線に乗って東京を去る予定になっている。朝買いに行く時間はないだろう。すでに時刻は18時半。猶予はない。意を決した私は、テレビを見てダラダラしていた姉と友人に向かって言った。「さっきのゲーム屋さんで気になるゲームあったからちょっと見てくるわ」もちろんゲームはただの口実である。夜に一人で出歩くことを咎められないか不安だったが、姉は意外にも「遅くなる前に帰ってきなよ」とあっさり送り出してくれた。

そのまま急いで下北沢の雑貨屋に向かい、ついにゆずのストラップを購入。すぐにでも財布に装着したいところだったが、もちろん姉の手前そんなことはしない。ストラップをリュックサックの奥深くへとしまいこむと、アリバイ作りのためしっかりゲームショップにも寄り、店頭で試供されていたプレステのゲームを10分ほどプレイしてから姉の家に帰り着いた。

完璧な形で仕事を完遂し、大満足でテレビを見ている私を、早く風呂に入れと姉が促す。ストラップを買えて本当によかった。達成感に包まれながらシャワーを浴び、すっきりした気持ちで頭を拭いていたところ、姉がニヤニヤしながら向かって来た。悪い予感がした。案の定、姉の口から出てきたのは私が最も恐れていた一言だった。

「あんた、ほんまはさっきゆずのストラップ買いに行ったやろ?」

瞬間、様々な可能性が頭を駆け巡りパニック状態に陥る。「え、何が?」一応しらを切りながら部屋に戻ると、奥深くにしまい込んだはずのストラップがリュックから飛び出ていた。なぜだ。着替えを取り出した際に一緒にリュックから出てしまったのか。それとも、姉が勝手に私のリュックを物色したのか。どちらにしろ、もはや言い逃れはできない状況だった。

隠蔽工作がバレた焦りと恥ずかしさでしどろもどろな私を、「なんでストラップ買いに行くって言わんかったん?」と半笑いで追い詰めてくる姉。なんて嫌な人だ。「……意外と安かったから」無理やり言い訳をひねり出すが、この状況下では全て無力である。私はその時、ゆずのファンであることが恥ずかしいと本気で思ってしまった。

あのとき素直になっていたら

このショック体験の影響か、私はその後次第にゆずを聴かなくなり、レッチリやブルーハーツなどのロックを聴くようになっていった。本当に感動して聴いていたつもりだが、「こっちの方が姉にウケがいいだろう」という不純な動機が全くなかったとは言い切れない。

結果的に、ロックを起点にいろんな音楽を好きになってよかったと思う。しかし今思い返しても、当時のゆずの曲の中にも良いものはたくさんあった。あの時胸を張って好きだと言えたとしたら、もっと気持ちの良い人間になれていたのではないかと思えてやまない。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2019年6月号より