リアルな旬の魚をランチで提供。「本物の魚のうまさを実感して欲しい」
割烹や寿司店などで修行を積んだ店主の芳賀博康さんが、2005年にオープンした『和味 りん』。普段使いには格調が高くて躊躇してしまうお店だが、産直の新鮮な魚がおかしら付きで1匹ドーンと出てくるランチがお値打ち価格で食べられるという。さっそく注文してみた!
まずはお碗で喉を潤わせ、真鯛に箸を入れる。一口大に身を取り食べると、なんと香りがいいこと! 加えて、淡白ながらフワフワの身は繊細で、溶けてなくなってしまいそうなほど。これはおいしい!
「今日は愛媛のしまなみ海道・大島の漁師、藤本さんから届いた神経締めの真鯛です。これが味わえるのは藤本さんの魚だけ」と芳賀さん。
口の中で溶ける鯛って初めてだ。魚ってこんなにおいしかったっけ? 脂の乗った腹回り、身が引き締まった尾の周辺、旨味が強いひれや頭など、部位によって味も香りも違うおいしさが堪能できるのも1尾だからこそ。
毎日、日本全国のさまざまな海から魚が届く。長崎五島列島から届いた大きめのイサキなど、一匹を焼き魚にしてしまうと食べ飽きてしまうので、半分を焼き、もう半分は刺し身にしたセットで提供するなど魚の特徴に合わせたメニューもある。
また、オリジナルの八方出汁を使った具沢山のお碗や、滑らかな茶碗蒸し。そして、オリジナルのドレッシングを使ったサラダや香の物など、たっぷり野菜が取れるのもうれしい。
毎日、全国の漁港や漁師から届く“リアルに旬の魚たち”
世間では魚の値段が高騰し続けていうというし、これだけのクオリティの魚をランチで提供するには、採算が合わないんじゃないかと思ってしまう。もちろん、お値打ち価格でおいしい魚が食べられるのはうれしいことなのだけど……。
「長年に渡り、切磋琢磨して魚に向き合ってきた産地の漁師さんや魚屋さんが、獲れたての旬の魚を送ってくれるんですよ。市場を通さないからランチの価格で提供できています。今は愛媛のしまなみ海道、長崎の五島列島・福江島、神奈川の三浦半島、千葉の南房総、青森の陸奥湾の魚がメインで、そのほかにSNSで“いい魚があるよ”という情報があれば送ってもらう感じですね」と芳賀さん。
日本は世界でもっとも魚種の多い国という。さらにそれぞれの土地で旬が変わったり、固有の種があったりして、おいしくて知らない魚はいっぱいある。東京の真ん中で、日本各地の旬を魚で味わえるのだ! ランチに訪れるのは周囲で働くビジネスパーソンが多いが、地方からわざわざランチを食べに来るファンもいる。
「私は新鮮な魚に塩を振って焼いただけ。この魚たちがすごい。漁師さんたちがすごいんです」と微笑む芳賀さんだが、良い素材をさらに昇華させる板前の技術とプライドもあっぱれだろう。
「子どもたちの魚離れを止めたい。だから焼き魚を姿で出すんです」
芳賀さんが魚を都市の中央市場から仕入れるのをやめ、漁師や漁港から直接仕入れるようになったのは2016年ごろからだったそうだ。
「10数年前に子どもたちの魚離れが進んでいると聞いて、これは止めなければいけないと思いました。今、子どもに魚の絵を描いてもらうと、いつもスーパーで食べている切り身の絵らしいんです。実は大学生や社会人でも魚の形を知らない人がいるらしいと聞いて、姿で出すことにしたんです」。
日々、魚に接する人たちが、深刻に悩んでいる問題がもうひとつある。「漁師さんの後継者離れが進んでいるんです。魚が獲れても市場で値段が付きづらい。大変な仕事ですから……。でも、日本人は魚に親しんできた文化があるし、みなさんうちで召し上がると“魚ってこんなにおいしいの?”って驚かれるんです。漁業を守りたいというのと、魚はおいしいんだということを発信して日本の食文化を継承していきたいんです」。
漁師さんや漁港から直接仕入れることで、新鮮かつその土地の旬の魚や、市場では出回らない珍しいものが比較的安価で入手できることもあり「メリットが大きいです」と微笑む。産地の漁師さんや魚屋さんの元へ定期的に訪れて、芳賀さんが思っている旬と現地の本当の旬の誤差を確認するのだという。
旬の味への強いこだわりはこの店をオープンしたころから。岩手出身の芳賀さんは、生まれ故郷の多彩な山菜やきのこの味が市場で購入したものはまったくの別物であることに驚き、東京で素材本来の味を提供したいと思ったのがきっかけだったそうだ。今では、魚はもちろん天然もの、野菜も京都の契約農家さんの無農薬野菜を使うなど、素材本来の味にこだわっている。
ランチもいいけれど、夜のコース料理6600円〜はどんな魚と料理を楽しませてくれるのだろう。想像するだけで胸が高鳴り、喉が鳴ったあとに腹まで鳴る筆者であった。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢