昭和の香りが濃密に漂う六角橋商店街の仲見世通り
東急東横線白楽駅の西口から徒歩数分の距離にある六角橋商店街。戦前から存在し、横浜市内でも屈指の知名度を誇る商店街だ。
近隣にある神奈川大学に通う学生たちが行き交い、新旧多くの商店が立ち並ぶ。メインの六角橋商店街大通り(旧綱島街道)はゆるやかな坂になっており、眺めると歩行者で賑わっていることがよくわかる。
大通りに並行する路地は仲見世通り、もしくはふれあい通りと呼ばれ、古めかしいアーケードに覆われている。今回訪問するかずさやはこの通りで営業している。
仲見世通りは人々の営みが長い年月の間にすこしずつ積み重なった、独特の風情を感じさせる商店街だ。昭和30年代(1955〜65年)の建物が残っており、昭和の香りが濃密に漂っている。
ドラマや映画の撮影で使われることも多い。令和元年(2019年)に公開された映画「わたしは光をにぎっている」は葛飾区立石がメインのロケ地となっているが、仲見世通りやかずさやが登場している。
すれ違うのがやっとの道幅だが、行き交う人の数は多い。その大半は学生たちだが、地元民や街歩きを趣味とする人々も多く見かけた。
仲見世通りには70軒ほどの商店が連なっている。若者向けのベーカリーやバーなどがあるが、古くから営業を続けるお店も目立つ。
以前は生鮮品を取り扱うお店が多かったことから、買いまわりをする客であふれていた。そのため、神奈川大学の学生たちは旧綱島街道を利用していたそうだ。生鮮品を扱うお店は減りつつあるが、現在も青果店や精肉店など数店舗が営業を続けている。
個性的なお店が多いのでそちらに目を奪われてしまうが、建物自体も非常に興味深い。昭和30年代から変わらないものもあるのだろう。また、過去に営業していたお店の看板をそのまま残しているところもあった。
見上げると古めかしいアーケードの屋根が目に入る。改築を重ねてきたのか、区画によって形状が異なっている。葛飾区立石の立石仲見世商店街や北区赤羽の一番街シルクロードを彷彿とさせるが、六角橋商店街もバラックが集まる闇市から発展したそうだ。
おでん種専門店から始まったおでん屋さん、かずさや
仲見世通りの中央あたりに今回の目的地のかずさやがある。座席数は12席ほどのこじんまりとしたおでん屋さんだが、毎晩常連客で賑わっている。
かずさやはおでん種専門店として約30年ほど前(平成のはじめ、1992年ごろか)に開業した。以前は店主のご親戚が営んでいた本店(閉業、横浜市南区通町2-37)から魚のすり身を仕入れ、成形してから揚げた蒲鉾のおでん種を販売していた。
飲食業を始めたのはお店を開いて5年ほど経ってからで、しばらくは揚げ蒲鉾の販売と並行していたが、平成29年(2017年)に本店が閉業したことと、店主の体調の衰えなどにより飲食のみの営業に切り替えた。
お店には大きなカウンターテーブルがあるが、中央の一段高くなった場所に揚げ蒲鉾を並べていた。お客さんはそれらを眺めながら、寿司屋のカウンターのように「これをちょうだい、それを焼いて」と注文していたそうだ。現在、揚げ蒲鉾などのおでん種は横浜の中央卸売市場から仕入れているが、店主によると練り製品を扱う業者は年々減少し、現在は大正3年(1914年)創業の石橋をふくむ2軒ほどになったそうだ。
しっかり味の染みたおでんと小鉢を中心としたおつまみ
席についたら、まずはおでんセットを頼むといいだろう。おまかせのおでん5品とドリンクがセットになったもので、650円という破格のプライスだ。お酒は単品だと300円もしくは350円で、こちらもお値打ち価格だ。
おでん以外にも小鉢を中心としたおつまみがたくさん揃っている。ポテトサラダは和風仕立てとなっており、紫蘇が入っている。お皿に添えられたわさびを付けて食べると美味しさが増すのだという。
おでんはお店の左側で調理しており、オーダーが入ると鍋からできたてのおでんを盛り付けてくれる。店主は「おでんで嫌いなものはない?」とやさしく問いかけてくれた。お持ち帰りもできるので、その場合は窓から鍋をのぞいて美味しそうな種を選ぶといいだろう。
以前は四角い大きな鍋で調理していたようだが、現在は2つの鍋を使用している。それぞれ4つの仕切りがあり、種類ごとにおおまかに分けられている。おでんは通年提供しているが、夏季はコンビニで販売していないため、暑い時期でも買い求めるお客さんは多いそうだ。
褐色に染まったおでん種は重厚な雰囲気が漂っているが、鰹節と昆布、塩のみで醤油はいっさい使っていない。そのため、やさしくまろやかな味わいとなっている。継ぎ足しをしていくことで種から汁へ自然と色が移っていくそうだ。
おでんのおまかせ5種類と生ビールが運ばれてきた。おでん種は焼ちくわ、きんぴら天、がんもどき、大根、玉子だ。練りからしもたっぷりつけてくれる。
温かなしみしみのおでんと生ビールのきりっとした喉ごしのコントラストが素晴らしい。アーケードの路地にはみ出した座席で外の空気を感じながら味わうと、なんとも趣きがあってよい。親松の湯という近くの銭湯でひと風呂浴びてから来店する常連客も多く、店主は「うちの店と銭湯がワンセットになっている」と微笑んでいた。
お通しは日替わりとなっており、訪れた日は業者さんが魚肉ソーセージをたくさん持ってきたのでタコさんウインナーにしたそうだ。無料ながら丁寧な仕事ぶりで、店主の繊細な心遣いに心がときめく。
ビールに続いて、おでんダシ割りを注文した。北区赤羽の丸健水産のものとは異なり、こちらは日本酒ではなく焼酎がベースとなる。おでん汁と焼酎のバランスがちょうどよく、癖がなくて飲みやすい。いつものように卓上の七味唐辛子を振りかけると、店主が「分かっていますね」と嬉しそうに微笑んだ。
さらにもう1杯おかわりして、常連客に人気のトマトハイを注文した。爽やかなトマトの酸味と冷たくきりりとした喉ごし、焼酎のまろやかな味わいが融合して何杯でも飲めそうだ。
店内に掲げられていた「エビチリ味サツマ揚」に興味をそそられたので注文してみたが、現在は提供していなかった。代わりにおすすめを訪ねると、メニューにはないイワシのつみれを出してくれた。食感や味はつみれというよりも揚げ蒲鉾のすり身に近く、しっとりとしていて美味だった。店主は揚げ蒲鉾を作らなくなったかわりに、さまざまな種類の小鉢に挑戦しているのだという。
かずさや店主「1度訪れたら常連客」
店主は柔和で紳士的な方で、物静かな外見に反してどんな会話にも付き合ってくれる懐の深さがある。筆者がおでん種のマニアックな質問をすると、顔をほころばせてさまざまなことを教えてくれた。
店主は揚げ蒲鉾の職人で綱島のイトーヨーカドーのテナントで営業を続けていたが、六角橋の店舗が開業する際に移ってきた。以来、約30年にわたって美味しいおでんと心あたたまる接客でお客さんを迎えている。
店内には店主のお母さまの写真が飾られていた。おそらくは誕生日に撮影されたものだろう。
店主いわく「かずさやの看板おばあちゃん」で、ご存命のころはお母さま目当ての常連客ばかりだったという。写真も常連客が撮影して飾っていったそうだ。亡くなる96歳まで席に座って会話を楽しみ、ほとんどのお客さんの名前を覚えていたそうだ。人懐っこい性格は店主にも受け継がれ、現在は彼を慕って訪れるお客さんも多い。
午後5時くらいになると常連客でいつも満席になるそうだが、筆者が訪れたときは開店直後だったのでお客さんは少なかった。筆者のあとにやってきた若い女性のお客さんは店主と気さくに話をしていたが、聞くと2回目の来店なのだという。すかさず店主が「うちでは1度訪れたら常連客ですよ」と教えてくれたが、その言葉にこのお店のあたたかみをしみじみ感じた。一緒になったもうひとりのお客さんは神奈川大学の卒業生だったが、かずさやで飲むのは初めてだそうだ。店主は彼にもやさしく言葉を投げかけ、話に熱心に耳を傾けていた。
女性のお客さんは前回訪れた際に知り合った通りすがりの常連客にも声をかけられていた。このような光景を眺めていると、かずさやを中心として六角橋全体に古きよき人情があふれているように感じられた。
お持ち帰りもできる、かずさやのおでん
1杯飲んでお店を出ようと思っていたが、店主のやさしい笑顔に後ろ髪を引かれて長居をしてしまった。素敵なひとときを心に刻みつつ、お持ち帰りのおでんを購入して自宅でも味わうことにした。
購入したおでんは8種類。時計回りに12時から、昆布、玉子、つみれ、しらたき、大根、焼どうふ、フランク(中央上)、ちくわぶ(中央下)。
お持ち帰りの際は蓋つきの容器と二重にしたポリ袋に入れてくれる。ポリ袋のおかげで汁が漏れることはないが、扱い次第では容器からこぼれる場合があるので気をつけよう。
帰宅したら別容器に移して冷蔵庫で保存し、食べる直前に鍋に入れて火にかけよう。ぐつぐつと煮立てる必要はなく、弱火でおでん種の中心まで火が通る程度に温める。
まず、注目したいのがちくわぶだ。長時間煮込んで中心まで褐色に染まっているが、型崩れすることなくしっかり形状を保っている。食感はふんわり柔らかく、噛み締めると口のなかでじんわりとろけていく。おでん汁がたっぷり染み込んでおり、やさしい味わいに思わず顔がほころんでしまう。
大根も色むらなく中心まで汁が染み込んでおり、深みのある出汁の旨味を堪能できる。濃くもなく薄くもなく、絶妙な加減のやさしい味わいだ。
つみれはイワシの風味がしっかりしているが、やさしい出汁の甘みと相まって非常にまろやか。ぎゅっと詰まったすり身は非常に満足感がある。
焼どうふはすき焼きに使われるような焼き目のついた木綿豆腐で、さっぱりとしながらもあたたかみのある味わいが印象的だ。火が通っていながらもつるんとした食感を残している。
フランクはシンプルながらも味わい深く、昭和にタイムスリップしたような懐かしい気持ちにさせる。旨味がおでん汁に奪われることなく、存在感を保っている。
玉子はちくわぶや大根と同じように味が染みていて、表面が非常に美しい。おでん汁と黄身、白身が相まって、まろやかな味わいとなる。
しらたきは小ぶりながらもしっかりおでん汁を抱き込んでおり、口に含むとジューシーな味わいを楽しめる。
昆布は柔らかく煮てあるが、昆布特有の甘みがにじみ出ている。通常の結び昆布で換算すると、3本くらいのボリューム感がある。
人のぬくもりが生み出す心地よい一体感
会計を終えて席を立つと、店主は「お客さん、おでんに詳しいから試してみて」と言って魚肉ソーセージを湯煎して食べる方法を教えてくれた。水産業者の方に教えてもらったそうで、封を切らずに湯煎することで製造直後のいちばん美味しい状態を再現できるそうだ。
店主は「ちょっと待って」と言って調理場に戻り、実際に湯煎した魚肉ソーセージをご馳走してくれた。たしかに、ひと手間加えるだけで食感や旨味が格段によくなる。感想を述べると店主は「そうでしょう?」と言って、うきうきとした可愛らしい笑顔を見せてくれた。魚肉ソーセージそのものの味はもちろんだが、この人懐っこい店主の笑顔で何倍も美味しく感じられた。
かずさやには年齢や性別、学歴や職業など、異なる背景や価値観を持つ人々が集まるが、店主や常連客をはじめとした人々のぬくもりが心地よい一体感を生み出し「ありのままの自分でよいのだ」と思わせる安心感を与えてくれている。さまざまな時代の建物が重層的に連なる六角橋商店街にも、同じような雰囲気が漂っているように思えた。
時代は移り変わり、お店や建物はいずれ姿を消してしまう運命だが、古きよき街の人情は永遠に受け継がれてほしいものだ。
かずさやの基本情報
かずさや
〒221-0802 神奈川県横浜市神奈川区六角橋1-9-2
045-431-5909
定休日:日曜日
営業時間:15:30〜22:00(場合により22時前に閉店)
かずさやのWebサイト(六角橋商店街サイト):http://www.rokkakubashi.jp/shop-data/kazusaya.html
取材・文・撮影=東京おでんだね