名だたる名店を作り上げたオーナーシェフが生み出すオリジナル料理
地下鉄の階段を上がって、神楽坂のメイン通りから路地に入る。路地への入り口には店のメニューが掲示されているのはありがたい。グーグルマップを見ても逆方向を歩いていく重度の方向音痴である筆者でも、どの路地に入ったらいいかすぐわかる。
店の目印は、入り口にある大きな樽。店に入ると、オーナーシェフの宮野長司さんが迎えてくれた。宮野さんは、3年連続米紙『ニューヨークタイムス』にてエグゼクティブシェフとして三ツ星の評価を得た経験をもつ凄腕だ。牛肉ブームの火付け役といわれる有名焼肉店の立ち上げにも関わった。
「でも、実は私は豚好きなんです(笑)。誰にも作れない、オリジナル料理を自分の店で作ってみたくて2017年3月に『しゃぶしゃぶ シャ豚ブリアン』をオープンしました」と宮野さんは語る。
店名にもなっているシャ豚ブリアンとは、豚1頭からわずかしか取れない豚ヒレ肉の中心部分だけを使ったヒレカツ。また看板メニューのしゃぶしゃぶは、牛のテールスープでいただく水炊き風で、希少なブランド豚、幻のくちどけ加藤ポークと松坂ポークがいただける。
宮野さんは、群馬県太田市のブランド豚『加藤ポーク』の魅力を熱っぽく語る。「しゃぶしゃぶにしてもアクが出ないんです。融点が低くて、脂が口の中で溶けてしまうほどです。肉質がきめ細かくてやわらかく、フルーツを食べて育っているから肉に甘味もあるんです」。
ふわっとショウガが香り、滋味深いスープが五臓六腑に染み渡るテールスープのラーメン
この店のオープンにあたり、おいしいものを作りたいとメニューを考案した時に「浮かんできたひとつがラーメンだった」という宮野さん。4〜9月のランチメニューにはつけ麺や冷やし坦々麺が登場。10~3月はアツアツスープのラーメン中心のラインナップになる。
今回は平日限定で、通年オーダーできるテールスープのラーメン900円にした。
臭みが一切ないスープは、口に入れた瞬間にショウガが香る。サラサラとして、スッキリなのにコクが深くて旨味がじんわり口の中に広がる。平たい太ちぢれ麺がそのスープを持ち上げてくれるので箸が進む。最初は繊細な味のスープなので力強い麺に負けてしまうと思ったが、なかなかどうして。このくらいパワフルな麺がちょうどいい。
加藤ポークのチャーシューもしっとりして柔らかい。チャーシューが鮮やかなバラ色なのに、しっかりタレの味が染みているところもすごい。薬味の金ごまや長ネギのサポートもしっかりいい仕事をしている。
スープも残さず完食後、口元にはねたスープをハンカチでぬぐいながら、おいしさの余韻に浸っていると、「テールスープは3日かけて作るんです。ショウガとニンニク、鶏油も加えています。このスープはもともとしゃぶしゃぶに使っていて、ラーメンにしてもいいよねってことでランチに出すことを始めたんです」と、宮野さんは続ける。
「加藤ポークのチャーシューは、肩ロースをタレにつけて窯で焼いているから香ばしいでしょう? もともとはおつまみ用として出していたのだけど、それだけじゃもったいなくて、ラーメンにも使っています」。サラリとおっしゃるけれど、900円のラーメンにしてはグレードが高い味わい深さだ。
チャーシュー、極上のスープ、モチモチの平ちぢれ麺とどれも素晴らしく、丼の中は極上のフルコースだ。
食通が集う神楽坂の路地裏に自分の店を出したかった
日本だけにとどまらず、世界でも活躍してきた宮野さん。自分の店を出すことになり、かの地に選んだのが神楽坂だったという。
「神楽坂は食通が多いイメージがあったし、私も個人的によく行くお店があったりして好きな街なんですよね。神楽坂に自分の店を出すなら路地裏がいいというのもありました。今の物件が見つかった時、個人でやるにはちょうどいい間取りだなと思いました」。
洗練された大人の空間にひかれ、近所のオフィスに勤めるビジネスパーソンや地元に住む人々がやってくる。そんな人たちに隠れた人気なのが、クリームチーズのフロマージュドゥ最中(箱なし)1200円だ。
フロマージュドゥ最中は、クリームチーズ、りんごとイチジク、ハチミツを入れた餡をサクサクの最中に入れて食べる和洋折衷の新感覚お菓子。季節によりフルーツが変わる。箱入り1800円にすれば、おしゃれな手土産としても喜ばれそう。
店内の料理だけでなく、お土産も充実している至れり尽くせりな店である。庶民的なお値段のランチをきっかけに、絶品豚しゃぶのディナーにも足を運びたくなった。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢