神楽坂駅から徒歩1分。昭和の時代から続く中華屋さんのランチセットはコスパ良し!
古さと新しさが共存する街、神楽坂。江戸時代に栄えた花街や史跡、神社仏閣、石畳の横丁など風情ある街並みが人気のスポットで、明治時代から営業している老舗も数多くある。神楽坂通り沿いにある中華料理店『宝龍』は1952年、昭和の時代に開店した。
『宝龍』では上海料理をベースにした創作中華が楽しめる。ランチセットはどれも安くてボリューム満点とあって、神楽坂界隈で働く人たちの胃袋をガッチリつかんでいる。昼時はお得なランチを求めて足しげく通う人が多く、なかには3世代にわたって通い続ける常連さんもいるという。
店頭の黒板メニューの前で足を止めるお1人様もちらほら。格安のランチに興味を引かれたのか、1人、また1人と吸い込まれるように店内に入っていく。
上海焼きそばは野菜たっぷり。スープの旨味を吸ったしっとりつるつる麺は箸が止まらない!
ランチセットにはメイン料理のほかに、ジャンボシュウマイ、自家製ザーサイ、スープが付いて、さらに焼飯、ライス、杏仁豆腐の中からもう1品選べる。どのセットも1000円以下で食べられるなんて、お得過ぎる! 今日はA~Dまで4種類のセットメニューの中から、Aの上海焼きそば850円のセットをチョイス。
いよいよ上海焼きそばとご対面! まず、見るからに野菜の量がすごすぎる。シャキシャキに炒められた野菜は甘みがしっかりと感じられて、ジューシーで食べ応えがある。
そして意外なことに、“焼き”そばなのに麺もまたジューシー&しっとりしていて、つるつるつる~っと勢いよく口の中に入ってくる。味付けは中華だしを利かせたしょうゆベースだ。
「上海焼きそばの麺にはひと手間かけててね。普通は蒸した麺を炒めるんだけど、うちは蒸した後にさらに茹でて、中華スープで炒め煮にするんですよ」と教えてくれたのは、調理場に立つご主人の田上進さん。この麺に野菜とスープの旨味がたっぷりしみこんで、しっとりつるつるの食感に仕上がるそうだ。
食べ終わりまで汁気があって喉ごしがいいので、子供もお年寄りも食べやすいのだろう。近くの席に座っていたご高齢の常連さん一家が「おいしいよねえ、ここの焼きそば」と話している横で、うんうん、と思わず頷く。
店自慢の一品、国産もち豚を使用したジャンボシュウマイは甘みがあってモッチモチ。代々変わらぬ大きさで「ぜひ食べてもらいたい」と、ランチセットには1個サービスで付けている。豚肉はゴロッとした粗挽きで、玉ねぎをふんだんに使っており、素材の旨味がぎゅっと詰まったふんわり食感のシュウマイだ。
セットに付く焼飯は米粒がパラパラで香ばしく、大きめのお茶碗でたっぷり1杯分はある。品数の多さだけでなく、1品1品のボリュームもサービス満点。手作りにこだわっており、付け合わせのザーサイなどどれひとつとってもやみつきになるおいしさだ。
お客さんが何度も食べにきてくれる祖父の味を守りたい。老舗が続く理由は家族の想いにある
進さんのご子息、靖一さんが『宝龍』のおいしさの秘密を教えてくれた。「ランチセットで出している上海焼きそば、麻婆豆腐、酢豚は、先代が考えたオリジナルの味なんです」。例えば、『宝龍』の麻婆豆腐はもやし入りで、豆腐を揚げて作るという。「ほかとはひと味違うんですよ」。
靖一さんは四川料理店で修業を積んだ中華料理人だ。先代が創作した料理を受け継ぎ、その伝統の味を守りながら、「今、店に来てくださっているお客さんや時代のニーズに応えることで、この先もずっと愛され続ける店にしていきたいです」と靖一さん。新たにメニューを増やしたり、リーズナブルに提供したりと、これまでもさまざまな工夫を凝らして店をもり立てている。
『宝龍』の創業は1952年。靖一さんの祖父にあたる先代が、神楽坂で中華料理店を開店した。店の建物はこれまで2度改築し、同じ場所で営業を続けている。
「おじいちゃんは奉公先の中華料理店で中国の料理人の仕事を見よう見まねで覚えて、独学で腕を磨いたそうです。銀座にあった中華料理店で料理長を任されたこともあるほどの方なんですよ」と先代の腕前を語ってくれたのは靖一さんのお母様、千鶴さん。かつて神楽坂で働いていた頃は店のお客さんだったそうで、嫁いで以来、ご主人を支えながら5人の子どもを育てあげた。
大家族となった田上家は、「長年愛されてきた祖父の味を、いつまでもお客さんに楽しんでいただけるように」という想いで『宝龍』を守り続けている。
「昔に比べたらまわりに店が増えましたけど、その中でもやっぱり、『宝龍』に食べに行こうって思っていただけるようにしたいですね」と靖一さん。
時代の流れと共に変わっていくもの、変えなければならないこともあるだろう。それでも想いだけは変わることなく、『宝龍』を好きになってくれた人たちに喜んでもらえるように今日も店を開ける。
先ほど、「おいしいよねえ、ここの焼きそば」と言っていた常連さん一家のご婦人が、千鶴さんに「がんばってね」と声をかけて席を立った。神楽坂の人たちだけでなく、『宝龍』を訪れた誰もが心の中で応援したくなるだろう。がんばれ、町の中華屋さん!
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=コバヤシヒロミ