おむすびの名店で修行し、2016年に夢のおむすび専門店をオープン
おむすびーー。ご飯の真ん中におかずを入れて軽くにぎり、さっと塩をしたら海苔で巻く。アイコニックでありながら家庭によって味が違い、合理的で機能的な食べ物だ。
オーナーの伊東敦子さんが「無添加でおいしく安全な食材を使い、冷めてもおいしいおむすびをみなさんに提供したい」と、2016年の元旦に『神楽坂 むすびや』をオープン。神楽坂は伊東家にゆかりがある地で、義祖母が神楽坂で料亭を経営していたこともあり、いつかここで店を開いてみたいと夫婦で考えていたという。
しかし、伊東さんは4人の子を持つ母でもあり、子育てや家庭のことで忙しいためとても夢は実現できそうにないと思っていた。「それでも諦められなくて。私に何ができるかなと考えたとき、おむすびが思いついたんです」と、語る伊東さん。
現代の子どもたちは習い事、塾や部活と忙しい。伊東さんのお宅も同じで、ことあるごとにおむすびを作ってきたそうだ。「子供も主人も大好きです。おむすびって本当によくできていて、ご飯とおかずを両方食べられるし片手でもパッと食べられて持ち運びも便利。ご飯にもおやつにもなるし。それにほら、洗い物も少なくて済むんですよ(笑)。これは全国のママにとっては重要なポイントですよね」。
さっそく開業に向け本腰を入れたが、おむすびは時間が経つと水分が抜けて固くなり、とても“商品”となるようなものは作れない。
そういうわけで伊東さんは「近所で評判のおむすび専門店にて10か月間、米炊きからみっちり修行しスキルを身につけました」。
おむすびに詰め込んだ、全国各地から仕入れるおいしい素材
安心安全においしいものを食べるには良質な素材からというのが伊東さんの信条。米から付け合わせの漬物までこだわり抜いている。
おむすびの基本の“き”。米にも格別のこだわりがあると伊東さん。「お米マイスターさんが無農薬、減農薬、有機栽培で作っている農家さんを廻って厳選した1等米だけをオリジナルでブレンドし、おむすびに適したもので、甘くて柔らかく、口に入れるとホロホロとほどけるようなお米を仕入れさせていただいています」と語る。
米をガス釜で炊くことで、一等米のポテンシャルを最大限に引き出す。そのおいしい米を、空気を含むようにふんわりと、でも崩れない絶妙な力加減で握る。イートインの場合は注文してから握ってくれる。温かいおむすびが食べられるのはとってもありがたい。
具材もひとつひとつ吟味され、鮭やタラコなどの魚介類は築地で、佃煮類は小豆島の老舗佃煮店から仕入れるなど挙げたらきりがない。
メニューをにらめっこしながら長考した結果、選んだのは鮭と牛すき山椒の2つだ。これが仕事じゃなければあと5分悩みたかった……。
伊東家の母の味が昇華し今や神楽坂の母の味に。目指すは「この街の老舗」
レギュラーメニューだけでもかなりバリエーションが多いのだが、2のつく日は鶏が2本足にちなんで鶏めしの日になっている。また、昔から神楽坂では5のつく日は特売日と決まっていたことから、毎月5のつく日は鯛めしのおむすびや御膳、鯛茶漬け(イートインのみ)が登場するなど限定商品も楽しめる。
「オープン当初からの安心、安全なおむすびを食べてもらいたいという想いは継続しつつ、神楽坂の老舗になれたらいいなと思っています」と伊東さん。「今もお弁当やおむすび15個、20個の華むすびなど仕出しのメニューはあるのですが、もっと洗練されたお弁当も開発してお店の幅を広げたいですね」と今後の目標を語ってくれた。
その一方で、お客様からのリクエストに応え、肉すいを発売するなど、常連さんとの絆も忘れない。
庶民派だけど、お値段以上の価値があるおむすび。母の心が原点となり、真心がこもった味が神楽坂を拠点とする人々に広がっている。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢