洋食屋からスタートした老舗とんかつ屋。その歴史を2代目店主が語る

JR御徒町駅北口から徒歩2分。アメ横商店街の1本先を右に曲がった路地の中央をさらに右の裏路地へ。小さな看板が目印。
JR御徒町駅北口から徒歩2分。アメ横商店街の1本先を右に曲がった路地の中央をさらに右の裏路地へ。小さな看板が目印。

1962年創業の『とんかつ まんぷく』。先代は2017年に他界し、いまは2代目の小澤隆生さんが跡を継ぐ。「親父は、もともと食品卸売会社で働いていて、20代後半で店を始めたっていってましたね。飲食業は初めてだったんで、専門の調理人さんを入れて親父と2人で店をやってたんです。僕も小学生の頃は、皿を下げる手伝いをしてたくらい忙しかった」と小澤さん。

店主の小澤隆生さん。体格がよく、俳優の阿藤快さんに似た雰囲気のとても話しやすい気さくな人柄。
店主の小澤隆生さん。体格がよく、俳優の阿藤快さんに似た雰囲気のとても話しやすい気さくな人柄。

60年の歴史ある店だが、最初は洋食屋だったという。「カレーライスやスパゲッティとか、いろんなメニューがあったんです。少しずつメニューを絞って、とんかつメインになったそうです」。そんな2代目小澤さんも、もとは別の仕事をしていたが、退職を機に2009年から父と一緒に働くようになった。

カウンター8席。狭い厨房で、ガッシリした体格の小澤さんが手際よくかつを揚げていく。
カウンター8席。狭い厨房で、ガッシリした体格の小澤さんが手際よくかつを揚げていく。

「同じ時期に50年近く働いていた職人さんが辞めて、『ちょっと働いてみない?』と親父に誘われたんです。じゃあ働いてみようかなって(笑)」と、気軽そうに話す小澤さんだが、父に教わること8年、跡を継いでから5年の間に、さらにおいしいとんかつを目指して改良を試みていく。

代替わりでさらに肉やパン粉にもこだわる超極厚ロースかつ

まず変えたのは肉だ。先代の頃から懇意にしている精肉店から、とんかつに合う肉を厳選している。「親父の頃からも、その時々でいい肉に変えてましたね。代替わりしてからは、群馬の上州せせらぎポークに変えたんです。お肉屋さんに見せてもらって、味見したらすごくおいしかったんですよ」というお肉がこちら。

群馬の上州せせらぎポークを使用。味付けは先代の頃から変わらず、塩胡椒のみとシンプル。
群馬の上州せせらぎポークを使用。味付けは先代の頃から変わらず、塩胡椒のみとシンプル。

ロースかつの肉は、衣をつけて揚げると厚さ4cm。「以前から分厚かったんだけど、インパクトあったほうがいいかなと思って、さらに厚く大きくしました」と小澤さん。超極厚ロースかつは重さ300g。一般的なとんかつは150gというから、2倍のボリュームだ。

油に入れた瞬間に衣の花が咲く。こまめに揚げカスを取り除きつつ、低温でじっくり加熱。
油に入れた瞬間に衣の花が咲く。こまめに揚げカスを取り除きつつ、低温でじっくり加熱。

パン粉も有名な中屋パン粉工場に変えた。「以前も有名なおいしいパン粉を使ってたんだけど、営業の方が来て試してみたらさらによかったんですよ」。都内の有名とんかつ店の多くが御用達という、パン生地から作る高品質の生パン粉。パンとして食べてもいいくらい、パンに近いパン粉だそう。

もちろん、これだけ極厚の肉を揚げるには、揚げ方にもこだわりが。150~160℃の低温でじっくり揚げながら、時々かつを持ち上げる。小澤さん曰く、「重いから浮かんでこない、沈んだままです。底につくと直火で焦げるんで、たまに持ち上げてます」とのこと。揚げている間はつきっきりで、手間暇かかるロースかつなのだ。ちなみに揚げ時間は、ロースかつ15分、とんかつ7分、ひれかつ5分程度。

揚げ時間は約15分。そのあと余熱で5分ほど置く。
揚げ時間は約15分。そのあと余熱で5分ほど置く。

ロースかつは揚げてから余熱で5分置くと、中心にほんのりピンク色が残るくらいで仕上がる。ザクっと包丁でかつを切る音が響き、食べる前から衣のサクサク感が伝わってくる。お待ちかねのロースかつが着膳。

ロースかつ定食1500円。みそ汁、お新香付き。お味噌汁の具は、とんかつの切れ端の豚肉とネギ。
ロースかつ定食1500円。みそ汁、お新香付き。お味噌汁の具は、とんかつの切れ端の豚肉とネギ。

最後、高温でさっと揚げることで衣がサクサクになる。この極厚ロースかつに合わせた粗めのパン粉で、衣と肉がピタッと一体感ある仕上がり。外はサクサクだが、中はしっとり。細やかな肉質の赤身に、ほどよい甘い脂。こんなにボリューム満点なのに「女の人でもペロッと食べますよ」と小澤さん。油切れがいい肉で、最後までさっぱりといただけるからなんだとか。

厚さ4cmはあるロースかつ。しっとりした断面を見ただけで、秋田米のご飯がどんどん進む。
厚さ4cmはあるロースかつ。しっとりした断面を見ただけで、秋田米のご飯がどんどん進む。

卓上調味料はそろっているが、まずは何もつけずに肉の味を楽しみ、塩、醤油、中濃ソースと好みに合わせて味わおう。「関西の人はウスターソースが好きですよ」と、日本全国から観光客が訪れる地ならではの配慮も。

豊富なメニューから常連アレンジをプラス! とんかつをもっと楽しく味わう

営業終了まで客足が絶えない『とんかつ まんぷく』。入店してメニューを眺めていたら、常連客が「ロースかつがいいよ!」とオススメしてくれた。店主の小澤さんも一緒になって「とんかつと厚さが全然違うから」と和気あいあい。みなロースかつに合わせて、目玉焼きも注文していた。ソースに卵黄がトロリとかかったかつはなんともおいしそうだ。

値段は先代の頃からほとんど変わらないという。とんかつに目玉焼きのトッピングも人気。
値段は先代の頃からほとんど変わらないという。とんかつに目玉焼きのトッピングも人気。

ほかにもロース焼肉、串かつ、メンチかつ、ハムかつなど定食がずらり。これでも先代が亡くなる前よりメニューが減ったとか。ロースかつと人気を二分するカキフライなどもあったが、1人営業になったことで仕込みが間に合わず、泣く泣くメニューから外した。「築地から仕入れた牡蠣で、大きなカキフライだったんですよ」と少し残念そうな小澤さん。

向かいの喫茶店とは互いにとんかつ、コーヒーを注文し合う仲。喫茶店にも行列ができるので並ぶときは間違えぬよう、要注意。
向かいの喫茶店とは互いにとんかつ、コーヒーを注文し合う仲。喫茶店にも行列ができるので並ぶときは間違えぬよう、要注意。

ご近所付き合いもあるかというと、向かいの喫茶店のマスターがよくとんかつを注文されるという。「うちのとんかつをほぼ毎日のように食べてくれるから、持っていってあげるの。お兄さん、外に出れないからね。僕もコーヒーを頼んでここで飲むんですよ」と小澤さん。互いに行列の人気店ながら、下町らしい人情の流儀。

さらにまっすぐ進むと、有名な『二木の菓子』へ通り抜けられる。どちらからも行き来できて便利。
さらにまっすぐ進むと、有名な『二木の菓子』へ通り抜けられる。どちらからも行き来できて便利。

いつまでも楽しい話が尽きない小澤さんが、最後に「物価高騰で大変だけど、肉の質だけは落とさないようにがんばりたいと思います」と語った。

極厚のロースかつの味を知ったいま、思い出すだけで心が店に向かう。またアメ横を訪れても、やっぱり『とんかつ まんぷく』を目指してしまうに違いない。

住所:東京都台東区上野4-1-5/営業時間:11:00~17:30LO/定休日:水/アクセス:JR山手線・京浜東北線御徒町駅から徒歩2分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代