秋葉原駅から徒歩4分。まさに路地裏の名店
JR秋葉原駅昭和通り口を出て、秋葉原の商店と人の喧騒を背中に昭和通りを越えると住所も神田和泉町となり、いきなり街の様子が変化する。そこはオフィスの入った大小のビルが立ち並び、平日のせいか歩く人たちも仕事中の顔をしている。
昭和通りを折れ、すぐのところにある小さな路地に『とんかつ福与志』がある。ただ、路地の入り口から見渡しても店の姿を確認することができない。いくらのぞき込んでも、そこには中華屋さんの店頭だけが見え、のぼりがはためいているのみ。
やや自信を無くしながらも「ここでいいんだよね?」と路地の奥に歩を進めていくと、ようやく扉に貼られた『とんかつ福与志』の張り紙を発見する。正真正銘、裏路地の隠れた名店である。
店頭のガラス扉周りには店名のほかにも「本日のおすすめ」や「メインメニュー」、「お持ち帰り弁当」や「土曜日のサービス」などの張り紙が貼られ、お店の全容がだいたい理解できるようになっている。ここで本日の胃袋の具合と相談しながら食べたいものを決め、店内に入り迷わず注文というスタイルも悪くない。
その日お会いしたのは、店主の木村直司さんと奥様の信子さん。もうお2人で約40年以上とんかつ屋さんを営んでいる。
「この場所には2018年頃に引っ越して来たのですが、新しい法律で道からお店を引っ込ませて建てなくてはいけなかった。隣は昔からの店なので、道ギリギリにあります。だから余計わかりづらくなってしまって。何度も前を通り過ぎて、やっと見つけた、というお客さんもけっこういますよ」と直司さん。
もともとは直司さんのお父さんがこの神田和泉町で肉屋を営んでいたとのこと。その廃業を機に、同じ場所でお兄さんが『ふくよし』というとんかつ屋を開業した。そこで学生時代にアルバイトとして働いたのが、その後の長いとんかつ作りの始まりだった。
そのお店で26歳まで働き、奥様と結婚。その後、家を出て浅草や御徒町のとんかつ屋で約3年間修業し、北千住で初めて自分のお店を開業する。店名はもちろん『ふくよし』。ここで8年間営業するが、再び生まれ育った地元の神田和泉町に戻り『福与志』を開店することとなる。30数年前のことだ。
「この辺りには大きな印刷屋さんもあり、工場もあったので作業着姿の方が本当に沢山来てくれましたね。昭和通りのこちら側は会社がいっぱいある割には食べ物屋はあまり多くないんです。ただ不思議と、とんかつ屋とラーメン屋だけはたくさんあって。たぶん忙しいお昼にさっと食べるおいしいもの、ボリュームもあって安いものが受けたのでしょうね」と直司さん。
『福与志』が今のような人気店となり、遠方からもお客さんが訪ねてくるようになったのは、テレビの番組がきっかけだとのこと。「裏路地の名店」と銘打って紹介され、これをきっかけに行列のできるお店に仲間入りすることとなった。
「11時から15時の営業時間の間に、150~160人くらいのお客さんが来たときもありました。うちは14席しかないので、10回転以上ですね。もうずっと時間内は揚げ続けているような状態でした」と当時の様子を話してくれた。
おいしさの秘訣は「揚げたて」へのこだわり
今回注文したのは、お店の人気ナンバーワンメニューのカツカレー。お皿全体からもうもうと熱い湯気があがっている。
お皿のフチぎりぎりまで注がれたカレールー。刻みキャベツを枕に全身をルーの海に浸したとんかつからも、そのカリカリ、熱々具合が伝わってくる。これが揚げたての効果なのか、カレー&ご飯、カレー&カツと食べ進んでいっても、少しもスプーンは止まらず、油っこさもまったく感じない。ただし、熱い。これだけは要注意である。
「とにかくできたてのものをご提供すること。これが一番だと思います。できたてのカツ、そこに温めたばかりのカレーをかける。常にこれを心がけています」と直司さん。かつは混雑時でも作り置きは一切せず、必ず注文が入ってから揚げる。そこにかけるカレールーも大なべからその都度小鍋に移してしっかりと温める。
「持ち帰りのお客さんも時間ぴったりにできあがるのを知っているので、『12時5分に伺います』なんて注文が入ります。だから私も12時5分ちょうどにできあがるように調理します。わー、忙しいなーと思ったりもしますけど、それでおいしい状態で食べていただけるので、必ずそうしています」。持ち帰りのお客さんにも思いをはせ、できるだけの心づくしをする。直司さんの心意気だ。
常に成長中のこだわりカレー
もう一つ、人気のカツカレーのおいしさを支えているのがカレーへのこだわりだ。
「今もしょっちゅうほかの店に出かけて、カツカレーを食べています。そこでおいしいなと思う味があれば、自分のところの味にも取り入れるようにしています。単にカレーのおいしさだけではなく、とんかつとの組み合わせ、最後まで飽きないというのも大切だと思います」と直司さん。いつも変わらない揚げたてとんかつのおいしさと、成長するカレーの味。この組み合わせがカツカレーの変わらない人気を支えているのかもしれない。
人気ナンバーワンはこのカツカレーだが、ほかにも生姜焼き定食もよく出るとのこと。
「うちの生姜焼きのタレは生姜がすごい量ですよ。ニンニクもいっぱい入ってます。おいしいですよ」と、その魅力の一端を明かしてくれる。その隣では、奥様の信子さんがうんうんとうなずいている。今日も熱々、できたてのとんかつがテーブルに並ぶ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=夏井誠