軽い生クリームがたっぷりのマリトッツォは日本なら豆大福のようなもの
イタリアは各地に郷土の味があることはご存知の人も多いだろう。2021年に大流行したマリトッツォはローマの伝統菓子だ。バール(イタリアの飲食店)などで朝ごはんとして食べられることが多い。
「ローマの友達もびっくりしてましたよ。日本とイタリアを逆にして例えたら豆大福がイタリア全土で流行っているようなものですからね」と『ア・レガ』のシェフ、古川裕士(ふるかわゆうじ)さんはマリトッツォブームを振り返る。
映えを意識してフルーツで飾るなどさまざまなアレンジが日本で生まれたマリトッツォだが、『ア・レガ』のマリトッツォ・コン・パンナは現地さながらのシンプルなもの。イタリアの小麦、マニトバ粉を加えて作った軽いパンにクリームがたっぷり。一見食べ切れるのかと心配になるだろうが、クリームが軽い。不思議なぐらいぺろっとイケるのだ。ちなみにマリトッツォはパンの名前で、『ア・レガ』には卵やハムを挟んだマリトッツォもある。
ローマのストリートフードの代表格ピッツァ・アルターリオをメインに2017年にオープン
100メートルほど離れたところにあるトラットリアでもローマの伝統料理を作る古川さん。格式高いフランス料理店で修行していたある20代のある日、何日も手をかけて作り出すフランス料理とシンプルに作るイタリア料理のギャップに衝撃を受けて、イタリア料理に転向。日本のイタリア料理店で働きながら、ローマのあるラツィオ州を中心に何度も現地に足を運んでは郷土料理を学んだ。
2017年に『ア・レガ』を開いたのは、ローマのストリートフードを紹介するためだ。メインのメニューは切り売りスタイルのピザ、ピッツァ・アルターリオ。日本ではあまり知られていないがローマ発祥で、丸いナポリのピッツァとは異なり、大きな四角い鉄板で焼かれるのも特徴だ。現地では伝統料理をピッツァに再構築するなど、自由にアレンジを加える文化も広まっているそうだ。
日本でピッツァ・アルターリオを作る店はあまりない。ピザ生地にかなり手がかかり、膨らませるのが難しいためではないかと古川さんは考えている。具材の載せ方にもコツがあって、うまく重ね合わせないと食感が変わってしまうらしい。
代表的な具材はソーセージとポテトの組み合わせ。『ア・レガ』でもサルシッチャのポテトグラタンとして定番メニューになっている。通常5種類から9種類、色とりどりの具材を組み合わせたピッツァが並ぶが、中にはしらすや桜エビなど日本の食材も取り入れたピッツァもある。
日本の素材を取り入れつつ、作り方とハートはローマスタイルが在日イタリア人にも好評
店の雰囲気も外国のような印象だし、ピッツァにしてもマリトッツォにしてもローマの味としてメニューにしている。ところがしらすや桜海老など日本の食材を多用しているのは、少し意外だ。
「作り方とか、調理工程についてはローマらしくやりたいんですけど、日本にだって素晴らしい食材がありますからね。材料は日本のものも使いながら、雰囲気をローマに持っていきたいと思っているんです。ハートがローマであることが重要」
そのローマなハートが伝わっているのだろう。東京近郊在住のイタリア人が毎日誰かしらチャオとやってくる。
ピッツァを食べるにはビールがなくちゃ!という人も多いだろう。店にはイタリアのクラフトビールがいくつも揃っているし、ワインやスプマンテも500円からと手頃な値段で用意されている。もちろんスタンディングでエスプレッソ一杯、ジェラート1スクープも歓迎。まるで現地のバールのような気軽さだ。
「ここは高級イタリアンコンビニみたいなものなんですよ。だからちょっと覗きに入ってきてもらって大丈夫です」と古川さん。
店内にあるモニターは、イタリアのサッカーチーム、ASローマの試合の様子が映し出されることも多い。ユニフォームを着たガチのASローマファンがやってきては、ピッツァを食べながら観戦することもあるそうだ。
マリトッツォが気になりつつ手が出せなかった人も、狂想曲めいた流行がひと段落した今なら食べやすいだろう。海外の空気が恋しい今、目黒で気軽にローマの味とハートが味わえる『ア・レガ』は貴重な存在だ。
取材・撮影・文=野崎さおり