profile
Profile:原亜樹子(はらあきこ)
菓子文化研究家。米国高校へ留学。日米の高校を卒業後、東京外国語大学へ進学し、文化人類学ゼミで食を探求。卒業後は特許庁へ入庁するも、6年目に退職し、食に関する執筆活動をスタート。2006年より生活情報サイト「All About」で和菓子ガイドを務めるほか、アメリカの食に関する著書多数。最新刊『シートケーキとレイヤーケーキ』(東京書籍)

和の焼き菓子とは

和菓子と洋菓子の境界線が特にあいまいだと感じるのは、和菓子の中でも「焼き菓子」に分類されるカステラの類いだ。

生菓子では、銅板などで焼き上げる「平なべもの」と呼ばれるどら焼き、「オーブンもの」と呼ばれるカステラなどが、干菓子では丸ボーロや小麦せんべいなどが焼き菓子に分類される。

私の脳内では、それぞれパンケーキ、ケーキ、クッキーの類と変換されている。

和菓子ってなんだろう

そもそも、「和菓子」とはなんだろう。

「和」は、「これは日本の菓子だ」と明確にする意味でつけているのであって、もともとはただの「菓子」だ。「和菓子」は明治時代以降、西洋の菓子が広まる中で使われるようになった言葉なので、江戸時代までに伝わった唐菓子や南蛮菓子は和菓子の仲間ということだ。

材料の特徴としては、洋菓子には油脂や乳製品が多く使われるのに対して、和菓子にはあまり使われない。

曙橋『和菓子処 大角玉屋』のブランデーどら焼き

『和菓子処 大角玉屋』のブランデーどら焼き
『和菓子処 大角玉屋』のブランデーどら焼き

まずは代表的な焼き菓子の1つ、どら焼きを見てみよう。

元祖いちご豆大福で知られる曙橋の『和菓子処 大角玉屋』のブランデーどら焼きは、生地にブランデーをたっぷり染みこませている。

数日寝かせて風味が落ち着いた頃に、いそいそとミルクティーを淹れて、どら焼きの封を切る。芳醇な香りがふんわり広がる。手に取るとブランデーがじゅわっとしみ出す。どら焼きの生地だけではなく、甘い餡があることでブランデーの強さが和らぐ。寒い夜にはミルクティーにブランデーを淹れて身体を温めることがあるが、あの幸せな感じが数倍増しで楽しめる感覚だ。

和のどら焼きに洋のブランデーを合わせたところに、さらにミルクティーを合わせることで洋が強めになった。それでも和の雰囲気が感じられるのは餡の存在感あればこそ。

どら焼きという名前の和菓子は江戸時代には存在していたとはいえ、卵を使ってふんわりと焼き上げる現在の形のどら焼きがつくられたのは明治時代以降とされる。それでもどら焼きは誰が見ても和菓子だろう。ブランデーをたっぷり染みこませてもなお、どら焼きは和菓子だ。元祖が明治時代よりも前に存在していれば和菓子ということにして先に進もう。

『不二家 飯田橋神楽坂店』限定のペコちゃん焼。

ペコちゃん焼を食べられるのは神楽坂店だけ。
ペコちゃん焼を食べられるのは神楽坂店だけ。

続いては屋台でも大人気、大判焼だ。今川焼、回転焼の名でも知られ、その歴史は江戸時代に遡る。

神楽坂にある『不二家 飯田橋神楽坂店』は、数ある『不二家』の店舗の中で唯一、大判焼であるペコちゃん焼が食べられる場所だ。

同店でペコちゃん焼を焼き始めたのは昭和44年。そもそも洋菓子店である『不二家』で大判焼をはじめたのは、当時大判焼の類が広く親しまれていたためだそうだ。

ペコちゃん焼の中身は餡にとどまらず、ミルキークリームやカントリーマアムなど、洋のクリームも入る。どの味もミルクティーとよく合う。味わいのあっさりとした小さなケーキのようだ。それでも洋菓子ではなく和菓子の風情があるのは、江戸時代から親しまれてきた日本生まれのお菓子だからだろう。

四谷『坂本屋』のかすてら

かすてらを切る四谷『坂本屋』の店主、坂本さん。
かすてらを切る四谷『坂本屋』の店主、坂本さん。

考察の〆はカステラだ。16世紀には日本に伝わった南蛮菓子で、スペインやポルトガルのお菓子が原型とされる。とはいえ卵と砂糖をふんだんに使ってしっとりと焼き上げるカステラは、試行錯誤を経て今の形に落ち着いた日本だけの味。四谷の『坂本屋』のものは、カタカナではなくひらがなで「かすてら」と表記する。この方が和菓子らしい雰囲気が盛り上がる。

甘く香ばしい香り漂うしっとりふんわりとした『坂本屋』のかすてら。丁寧に淹れたミルクティーと食べると、やはり洋のティータイムになる。製法は日本で確立されたものとはいえ、西洋由来というところがポイントなのだろう。境界線はこのあたりだろうか。だがカステラは明治時代よりも前に日本に伝わっているし、油脂や乳製品が使われてはいない。

カステラは、和菓子と洋菓子の境界線のちょうど真上にあるのかもしれない。

住所:東京都新宿区神楽坂1-12/営業時間:10:00~20:00/定休日:無/アクセス:JR飯田橋駅から徒歩2分・地下鉄飯田橋駅すぐ
住所:東京都新宿区四谷1-18-12 坂本屋ビル /営業時間:平日9:30~17:30/土9:30~17:00/定休日:日・祝/アクセス:JR・地下鉄四ツ谷駅より徒歩5分

文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)