SLOWとJETのコーヒーを出すカフェ
北千住駅前の喧騒を抜け、住宅街を隅田川に向かって10分ちょっと。『SLOW JET COFFEE』は足立区と墨田区を結ぶ墨堤通り沿いにある。ガレージを改修して建てられた店舗は天井が高く、正面はガラス張りでテラス席もあり、とにかく開放的でこの一角だけ欧米の街角のような雰囲気が漂う。
店内に入るとまず目を引くのが、大きな焙煎機。金網に囲まれており、のぞき込むとちょっとした工場見学に来た気分にもなる。
店内ではWi-Fiと電源が使えるため、パソコンを持ち込んで仕事をしている人の姿も見られる。長居しても全然気にならない、のんびりとした空気が流れている。
「SLOWがドリップコ-ヒー、JETがエスプレッソです」と、お店の名前の由来を教えてくれたのは、店長の平山泰行さん。「ドリップコーヒーは1杯淹れるのに3分ぐらいかかるんです。エスプレッソは、だいたい30秒ぐらい。なので、ゆっくり抽出するコーヒーと、すぐに抽出できるコーヒーを出すコーヒー屋という意味です」。なるほど。
「それと、慌ただしい世の中がJET、ここではゆっくり過ごしてもらいたい、という意味のSLOW。そんな意味もあります」。たしかに、お店の雰囲気はゆったりとしている。
ご自身のことを「ただ単にコーヒーが好きなだけ」と話す平山さんは、元ホテルマン。新宿のホテルで働いていたが、結婚を機に2人の好きな海の近くに住みたいと、伊豆に引っ越し、伊豆のホテルで5年間働いた。その後2011年の震災をきっかけに東京に戻り、働き始めたのが千駄ヶ谷の『グッドモーニングカフェ』。
「ラテアートにあこがれて、震災以降、3カ月ぐらいいろんな店舗を見て回った」という平山さん。そのうちの1つだった『グッドモーニングカフェ』でラテアートのすごさとスタイリッシュなお店に魅了され、自ら面接を申し込んだそう。「それまではコーヒーは飲めればいいって感覚だったんですが、飲める“空間”を作りたいって思うようになったんです」。
当時の『グッドモーニングカフェ』には、世界のバリスタが集まるコンテストで第4位に輝いた方がおり、その方の元で修業を積んだ平山さん。2014年11月に『SLOW JET COFFEE』がオープンするにあたり、店を任されることになった。
目指したのは毎日飲みたくなっておかわりしたくなるコーヒー
オープンしたての頃は、いい豆を仕入れられるところは限られていたという。「今は誰でもいい豆が手に入る状況。楽天とかヤフオクとかでも本当にいい豆が出回ってるんですよ。そこでの差別化が難しくなってきた」と平山さんは話す。ここ数年で日本にも広まった、浅煎りで酸味のある、いわゆる“サードウェーブ”と呼ばれるコーヒーだ。
平山さんのわかりやすい説明によると、お肉の焼き方で言うと、レア、ミディアム、ウェルダンでは、レアが一番お肉本来の味に近くて、ウェルダンだとスモーキーになる。コーヒー豆も一緒で、浅煎りだと豆本来の味を感じられる。焙煎度合いを上げていくと、どんどんスモーキーになるとのこと。
「本当にいい豆は浅煎りのほうが楽しめるんですけど、僕は、コーヒーを飲みたくなる環境を作りたい。毎日飲みたくなる、おかわりしたくなるのが僕の考えるおいしいコーヒーなんです」。
だから、ブレンドコーヒーに一番こだわったんだそう。「毎日飲みたくなって、おかわりがしたくなる、飽きないコーヒー。面白みがないと思う人もいるかもしれないけれど、北千住では、都心と違って近隣さんに飽きられたら終わり。だからうちのブレンドコーヒーは、ほどよい酸味とほのかな苦みが感じられる、毎日飲みたくなる飽きない味にしています」。
コーヒーは嗜好品ではなく日常品であってほしい
「コーヒーって、飲まなくてもいいものだから嗜好品って言われるんですけど、でも僕のなかでは絶対に日常品であってほしいんですよ」と平山さん。「ブレンドってワインでいうハウスワインみたいなもので、いわゆるお店の顔。だからここだけは絶対にブレたくない」。
「毎日飲みたくなって、おかわりがしたくなる、飽きないコーヒー」を毎日淹れるのが平山さんのこだわり。実際に、『SLOW JET COFFEE』のブレンドコーヒーのファンと言ってくれる人が多くなっていることを感じているそう。
北千住は都心で働く人が多いため、コロナ禍でリモートワークに切り替わったことで人が増えた印象があるという。「リモートワークが多くなり、ここでパソコンをする人も増えました。今はカウンター席に電源がありますが、これから工事をして、全部の席に電源をつける予定です」。
パソコンを使わないときでも、電源があるとなんだか安心する。近所にそんな場所があったらすごくありがたい。時間にとらわれず、安心してゆっくりコーヒーを飲める空間。そんなお店が北千住にはある。
取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)