夜は敷居の高い憧れの名店に、いざ! ランチタイムをねらって初来店
中央通りを日本橋から京橋方面へと進み、エクセルシオールカフェの角を曲がると、創業大正10年の老舗『京橋 伊勢廣』があった。近づくと、風に乗っていい匂いが鼻をくすぐる。少しばかり緊張しながら、憧れの名店の暖簾をくぐった。
1階はカウンター10席。案内された2階にはカウンター席とテーブル席を合わせて35席。予約すれば、ランチでも3階の桟敷や四阿(あずまや)などを利用できるとのこと。
店内は、しっとりと落ち着いた日本料理屋のよう。思い描いていた焼き鳥専門店のイメージをよい意味で裏切られた。これなら、男性はもちろん、お一人様や女性同士でも訪れたくなる。
カウンター内では、職人さんが注文に合わせて黙々と焼いている。火力の強い姥目樫(ウバメガシ)備長炭で、種類の違う串をそれぞれ絶妙な焼き上がりに仕上げる。まさに熟練の職人技。
今まで食べた焼き鳥とはまるで違う、別次元の味わいにうっとり
ランチは定食と丼、お得な昼のコースの3タイプ。今日は、懐具合に合わせて一番お手頃な焼き鳥4本丼をオーダーすることに。
香りのよいお茶で一服していると、まずはスープとお新香、ほどなくして焼き鳥4本丼も目の前に並んだ。のりを散らした白飯の上にぎっしりと敷き詰められた焼き立ての焼き鳥は、なんて美しいんだろう。思いっきり息を吸い込むと、匂いだけでもご飯が進みそう。
はやる気持ちを抑えて、まずはスープを一口すする。じわ~っと広がる滋味。毎朝仕入れる厳選された鶏のガラを使って、決して煮立たせず、じっくりコトコト煮込まれたスープは、ちょっと涙ぐんでしまいそうな、やさしい味わい。大事に、大事に味わおう。
さて、いよいよ本丸の焼き鳥丼。まずは、ささみ。おろしたてのわさびが、しっとり上品な味わいを引き立てる。
プリッとしたもも肉は、噛むと肉汁があふれ出る、ちょっとだけ焦げた焼き加減が絶妙。肉の間にはさまっているシシトウやネギも、味といい大きさといい、厳しく選び抜かれたことがわかる名脇役だ。
黄金色の団子は、さまざまな部位を粗みじんにしてつなぎを入れずに焼いたもの。口の中でほろほろとほどけながら、コリコリした食感やプチっとはじける麻の実が楽しい。
皮身にはほどよく肉も組み合わされていて、香ばしさと油の旨味、食べ応えも十分。
そして、焼き鳥の下に隠れた白飯にも驚かされた。白飯だけでもおかわりしたくなるようなおいしさなのだ。
鶏は厳選して毎朝仕入れ、味はつけるのではなく引き出す
3代目の星野雅信さんによると、初代で祖父の星野白久氏は、日本橋蛎殻町の鶏の小売店「伊勢廣」の従業員だった。その働きぶりを認められて店主の姪と結婚、独立して現在の京橋本店の向かいに鶏肉の小売店「伊勢廣」を開いたのが大正10年。やがて店舗の一角にカウンターを作って、焼き鳥を始めたのが、現在の『伊勢廣』の第一歩に。
「初代から変わらないのは、おいしく楽しく鶏を食べてほしいという思いです。そのために『伊勢廣』を支える従業員や食材の生産者との関係を大切にしいます」と星野さん。
「仕入れている問屋は、うちの店がどんな食材を求めているかということを、本当によく理解してくれています。鶏だったら、飼育している日数や環境、方法など、しっかりとチェックして、これならば間違いないというものだけが届く。手間ひまのかかる面倒なことをしてまで、『伊勢廣』のために選んでくれているのです」。
星野さんの言葉からにじむ厚い信頼関係には、「よい肉を扱う、仕入れ業者を大切にする」という初代の教えが貫かれている。
味付けはシンプルで、使い続けているたれは、みりんとしょうゆの同割り、塩は電子顕微鏡を使って探し当てた結晶の塩を用いているとのこと。「たれも塩も、味をつけるのではなく、引き出すものだと思っています」と星野さん。シンプルだから素材が大事だし、ごまかしもきかない。この姿勢が、名店の味を磨き続けている。
それにしても、カウンター内ではもうもうと白煙を上げながら焼き鳥を焼いているのに、店内はにおいや油っぽさがまったくない。不思議に思って尋ねてみたら、焼き台の下に外気を取り入れて、通常の飲食店の1.5倍以上の換気を行っているとのこと。
さらに、3代目の息子さんが、音や香りなど目に見えない空間デザイン(インビジブルデザイン)を担当し、焼き鳥を味わうだけでなく、心地よく過ごしてもらえる店内の空間づくりにも心を砕いている。
そういえば、温かな接客と大満足の焼き鳥丼にすっかりリラックスして、緊張しながら初来店したことなどすっかり忘れていた。
一度訪れたらまた来たくなる。3代続けての常連客も多いという言葉にも大いに納得。見えないところまでたゆまぬ努力をしているから、100年続く老舗になるのだな。次は誰と来よう、何を食べようとわくわくしながら伊勢廣をあとにした。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=松本美和