老舗洋食店の意思を受け継ぎ、装い新たにオープン
京王線府中駅から徒歩7分、JR武蔵野線府中本町駅から徒歩5分。2路線からのアクセスが良好なロケーションに店を構える。大國魂神社の裏手、飲食店と住宅が入り混じる長閑なエリアで、3階建てのスタイリッシュな建物が目に留まる。
2018年にこの地でオープンするまでは、市民なら誰もが知る今はなき文化施設「府中グリーンプラザ」内で、洋食店「サングリア」を40年以上も営んでいた。惜しまれつつ閉館となった後に、両親の意思を受け継ぎ、娘である現店主の新井有佐(あらいありさ)さんが装い新たに店を建てたのだ。
「小さい頃から両親が洋食店を営む傍らで育ってきました。府中グリーンプラザという場所柄、日常のシーン以外にも、ちょっとしたハレの場としてパーティーや懇親会として利用していただくことも多くて。そうした非日常にも気軽に使える場所をなくしたくない、もっともっと楽しめる場所にしたい、と親の意思を引継いで一念発起して店を建てました」
日常にもハレの日にも。シーン別で使い分けられる多彩な店構え
3つのフロアにはそれぞれコンセプトがあり、1階=イン、2階=ヴィーノ、3階=ヴェリータスと名付けられ、それぞれに雰囲気を変えている。
1階は気軽にふらっと訪れ、日常のひとときを豊かに彩る空間。柔らかな光の差し込むオープンなフロアは、子連れから大人まで誰でもウェルカム。ランチタイム、家族や友人との気兼ねない集まりとどんな時でも楽しむことができる。
2階は少しフォーマルな雰囲気。窓辺からは大國魂神社の姿も望める。おいしいワインと料理をいただきながらハレの時を過ごすことができる、会食やお祝いにも最適な空間だ。
そして3階に降り立つと、目に留まるのは、間仕切りのない広い吹き抜けた空間。アップライトピアノに、鮮やかな写真や絵画が散りばめられたレストランとは思えない雰囲気。ここは、ワイワイと集まる賑やかなパーティー、レセプションやコンサートなどを行う場として使われている。
実は新井さん、レストランのオーナーでありながらも、府中の街づくりや芸術文化の発信にも力を入れている。自身が事務局長を務める「Artist Collective Fuchu」の活動や、サロンコンサートも店内で定期的に開催。
こうした人の交流を生み出し、積極的に発信していくことができるのは「府中グリーンプラザ」時代の素地があってのことなのだろう。
季節を意識しながら変化するメニュー。多彩なコースを揃える
『サングリア』の料理は、昔ながらの洋食店として出発し、その技術を生かしながら新しいメニューも多く取り入れる。ランチには3つのメニューを揃えるが、なかでも野菜たっぷりのスモーブローランチに注目をしてみよう。
日本ではまだ珍しい「スモーブロー」、北欧では定番であるオープンサンドをヒントに『サングリア』のオリジナルメニューとして作り上げた品だ。本場のスモーブローは酸味のある食べ応えのある食感のパンを使用したものだが、誰でも食べやすく日本人の口に合う形にアレンジしている。
「“スモーブロー”って日本では珍しいメニューなので、適した既製品のパンがなかなか見つからなかったんです。味わいと硬さのバランスが本当に難しい。試行錯誤した上で、現在は自分たちで“これだ”というベストな配合のパンを、メーカーで作ってもらっています」
メニューは1カ月ごとにアップデート。
取材時のメニューは「ツナとオリーブのクロケットのスモーブロー」。揚げたてのサクサクのクロケットに、瑞々しい地産野菜、しっかりとしたパンの食感と歯触りが楽しく、食べ応えがある。そこへ季節のスープが添えられた満足感のあるセットだ。
ソフトドリンクはセットにはつかない。なぜなら『サングリア』では、お冷の代わりにアイスティーが提供されるからだ。
驚きのこのサービス、これは新井さんの優しさから生まれたもの。
「お冷の代わりに当たり前のように紅茶が出てきたらうれしいかなと思って。普通ソフトドリンクは、お料理にプラス料金で注文する、という設定が多いですよね。でも最初から当たり前に美味しいドリンクが提供される方が豊かなひと時になる。『サングリア』へ訪れてくれた人への感謝の気持ちを込めています」
ディナータイムには単品のメニューに加えて、3種類のフルコースが用意されるほか、旧「サングリア」時代から得意とするケータリングメニュー、パーティーメニューなど、細かな客の希望にも丁寧に応える。
誰よりも街のことを愛す店主は、この店が帰る場所でありたいと願う
新井さんは誰よりも地元府中のことを想っている。それは両親が経営する店の近くで生まれ育ち、多くの人と接してきたからなのだろう。
「この場所で暮らし、育つ人たちにとって“帰る場所”でありたいと思っているんです。家族みんなで訪れる“定番の場所”ってあるじゃないですか。大人になってどこかの街に巣立って行ってしまっても、ちょっと特別な時には『サングリア』に行きたいよね、そういう風に思ってもらえるとうれしいし、街のちょっと特別な洋食店であり続けたいです」
取材・文・撮影=永見薫