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Profile:山内聖子
呑む文筆家・唎酒師
岩手県盛岡市生まれ。公私ともに18年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。日本酒セミナーの講師としても活動中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉文庫)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)
こんばんは、山内聖子です。私は、趣味が日本酒、仕事も日本酒の物書きです。長い間、日本酒のことばかりを考えて毎日を過ごしているのですが、このコラムは、そんな私が偏愛するあらゆる日本酒の話と、日本酒を飲みたくなるつまみの簡単なレシピを、毎回ひとりごとのように紹介する記事です。今回は、今の季節に日本酒の主役となる新酒について改めて考えみました。しばし、ひとりごとにおつきあいいただけたらうれしいです。

酒蔵の環境や造り手のコンディションは全て酒に出る

ただのアルコールではなく、生き物として捉えるようになってから私の場合、がぜん日本酒がおもしろくなりました。言葉は交わせなくても、人間と同じように呼吸する生き物として付き合うと、酒の気質みたいなものがだんだん想像できるようになっていったのです。

とある作家の本で、微生物はその場の全てを受け入れて育つ、というような一文を見つけてからは、余計に納得。

これは、微生物の力が必要な日本酒にも当てはまるでしょう。酒蔵の空気や造り手全員の気を吸収しながら微生物は働いて日本酒を造り、瓶に入っても酒として生き続ける。そういうことを仮定しながら飲むと、素直にごっくんと飲み干せない酒も腑に落ちる。何かがおかしい、あるいはもやもやしてしまう味は、酒の微生物が受け入れたものに原因があるのではないでしょうか。酒造りの技術が未熟だったり、製造工程のどこかに発生した問題が表面化しただけではない。酒蔵の空気がよどんでいたり、造り手が働く製造現場の雰囲気が好ましくない場合も、それが微生物を通じて味に出てしまうと私は考えます。

パッケージをよくしたり、いい酒蔵のイメージを発信したり、酒造技術でどんなに酒質を整えても、微生物が隠せないほころびは必ず酒にじみ出るものです。

反対に、考える間もなくひとくちで「おいしい!」と感じたり、無条件でなんだかいい酔い心地になる日本酒は、酒蔵の空気や人の気が健全で、それが味にいい影響を与えているのではないでしょうか。

さらに、酒質の指針を決める蔵元や杜氏のコンディションや姿勢も、味に出ると私は思っています。

どうも私は、そういうことを察知する感覚が敏感のようで、酒蔵の雰囲気だけではなく、造り手が迷っている味というのはすぐにわかります。反対に、迷いが晴れた味というのもピンとくる。前置きや説明が全くなくても、造りたい味というのがまっすぐに伝わってくるのです。なかには、他の気を消し去るほど杜氏の酒造りに対する熱い思いが強烈な酒もあり、そういう酒質は飲んでいて鳥肌が立つこともあります。

というようなことなどを蔵元(造り手)にこっそり聞いてみると、「なんでわかったんですか⁉」と驚かれる(気味が悪いと思われる)ことも多いので、あながち私の感覚も間違っていないのかもしれません。

そう考えると、日本酒は酒蔵や造り手の分身で、やはり嘘がつけない生き物です。この酒は、どのような環境で、どんな姿勢または思想の造り手から生まれたのか。想像しながら飲むのが私は楽しい。ときに、いろんな情報をシャットアウトして、まずは飲んで感じるって大事。飲むことでしか、酒の本当の姿は見えてこないですから。

パンチのある鮮やかな酸味にグッとくる

今回、紹介する「花巴 水酛純米 火入れ酒」も、最近飲んで「迷いがなくなった!」と感じたお酒です。この酒は、ふつうの日本酒にはない個性的な、というよりちょっと変態的な酸味が特徴なのですが、以前はそういった酸味がガラついていて、口の中で甘みや旨みなども含めて全体の味がちぐはぐでした。でも、今はさまざまな味が生き生きとまとまっていて、飲んだ瞬間に、バシッと私の心のミットに響いたのです。

そんなことを蔵元に伝えたところ笑いながら、こう答えます。

「少し前は微生物を自分に従えるような造り方をして、無理に酸を出していたと思います。今はこっちが菌の働きに合わせると言いますか、蔵にいる微生物を生かした酒造りに変えたので、それが味に出ているのかもしれません」

今の「花巴」は、骨格のしっかりした鮮やかな酸が清々しく口に広がります。ワインに例えるとフルボディタイプ。さて、どんなつまみに合わせましょうか。

鴨肉の味をストレートに生かしたつまみです

蔵元はこの酒に「鴨すき」を合わせるのが好きだと教えてくれました。そう聞いた私は、よくつくる鴨豆腐の煮込みを思いつきます。鴨すきほど高級なものではないのですが、ぜったいに合う! とひとりごちて、いざ台所へ。

鴨ロースのバラ98g(脂が多い安いものがいい。出汁用の鴨脂だとなおいいのですが今回は売っていなかった)、木綿豆腐1丁(2パック入りタイプ)、にんべんゴールドのめんつゆ、濃口醤油、「花巴 水酛純米 火入れ酒」、水を適宜。刻んだ白髪ネギ、七味をお好みで。

まず、めんつゆや濃口醤油、水などを鍋に入れ、好みの味に調合します。火はまだつけないでくださいね。

調合したものに鴨肉、豆腐を入れます。火はまだつけませんよー。(しつこい)冷たい状態から煮たほうが、豆腐にしっかり色がつくんです。

最後に「花巴 水酛純米 火入れ酒」をドボっと注ぎましょう。そして、火をつけ、弱火強で豆腐がしっかり茶色くなるまで20分ほどコトコト煮ます。

だんだん豆腐にいい色がついてきました。このくらいになったら完成です。しかしながら、今回はいつも以上につくるのが簡単すぎますねー。

器に盛って、ネギをたっぷり乗せてください。七味も多めにかけるのがおすすめです。

酒も並べて晩酌開始。

むむむ、これは……我ながらうまっ。こっくりした鴨の脂と肉が、「花巴 水酛純米 火入れ酒」の酸とがっちり抱き合って共鳴している!甘辛い汁にも寄り添うというよりも、バチっと合わさる感じ。汁が染みた豆腐も最高です。

いくらでも飲める組み合わせがうれしくて、なんだか泣けてくる。

ちなみに、残った汁には蕎麦を入れてもおいしいですよ。その鴨南蛮(風)蕎麦がまた「花巴 水酛純米 火入れ酒」に合うんです。うう、ちっとも酒が締められません。

文・写真=山内聖子

日本酒は、どんな料理にもなんとなく合ってしまう柔軟性が魅力です。中華にイタリアン、フレンチなどでも、合わせたときに対立する料理がほぼないということです。しかし、私は特に自宅だと、日本酒を合わせてみよう、と考察させられる料理よりも、無意識に日本酒を飲みたくなるつまみを好みます。今回は、そんなつまみをつくるちょっとしたコツについて書きます。
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