昭和の面影が残るレトロモダンな空間

浅草橋駅から徒歩2分。『ゆうらく』は、神田川に面する一角にひっそりとある。店名が記された看板や正面から見た景色など趣のある外観は、この店が歩んできた歴史を感じさせるようだ。

店の正面入口に近付くと、周囲に掲示されているいくつものメニューに目が留まる。喫茶店にしては珍しく、ごはんものからパスタ類、軽食まで、あらゆるジャンルをカバーしており、その豊富な選択肢に胸が躍る。

店内に入ると、昭和のレトロさを随所に残す空間が広がる。座席数も想像していた以上に多く、恒宏さんによると60席ほどあるとか。

さらに、内装は出入口正面に広がる客席と、その隣に広がる客席とで少々雰囲気が異なるのも魅力的。「開業当初は、出入口正面の客席しか開放してなかったんですよ。当時は隣のフロアに企業のオフィスが入っていたんですが、移転後に残された場所を今のスペースへ変えたんです。言わば、店舗面積を増やしたかたちですね」。

開業当初から使用されている客席スペースには、照明や壁、席の造りなどにも意匠が凝らされているのが分かる。古い洋館の外壁などに使用されていそうなデコボコした壁は、ドイツ壁というのだそうだ。そんな味のある店内は、これまで数多くの映画やドラマ、雑誌などのロケ地としても活躍している。

ドイツ壁が座席の背部をモダンに装飾。
ドイツ壁が座席の背部をモダンに装飾。

2代目店主の原点

恒宏さんが、この店を支える3本柱であり自身の原点と話すのが、現在の『ゆうらく』を代表するメニューでもあるオムライスとナポリタン、そしてフレンチトーストだ。

曽祖父が旅館を営んでいたこの場所を、初代が時代の変化に伴い喫茶店として生まれ変わらせたのは1973年のこと。当時はトーストやドリンクなど、限られた喫茶メニューだけを提供していたが、2011年に恒宏さんが2代目となって以降、徐々に現在のような品揃えにバージョンアップさせていった。

その3つの名物料理も、恒宏さんの代から提供をはじめたものである。オムライスは、もともとメニューにあったチキンライスを活用して新しいメニューができないかと考えたのが誕生のきっかけだった。卵でくるまずに、かぶせるかたちにしたのは、なるべくお客さんを待たせることなく提供できるようにという配慮から。

とろ~り卵のオムライス(スープはセット)660円。※価格は2022年1月時点。
とろ~り卵のオムライス(スープはセット)660円。※価格は2022年1月時点。

このオムライスは、今や1番人気のメニューとなり、訪れる女性客のほとんどが頼んでいくという。絶妙なトロトロ具合の薄焼き卵の下には、具材たっぷりのチキンライス。ほどよいバターの風味が食欲をかき立て、気付いたらお皿の中は空っぽになってしまう、そんなオムライスだった。

フレンチトーストは、恒宏さんがかつて働いていた某ファミリーレストランのレシピを参考にして作られている。食パンを浸す卵液には、全卵ではなく卵黄のみを使用するというこだわりも。昔懐かしい味わいを求めてオーダーされるお客さんが多いのだそう。

そのほか、親子丼やハヤシライス、サンドイッチ、ホットケーキなど、毎日訪れても飽きないくらいのメニューが揃う。ドリンクも同様に、コーヒーをはじめ、紅茶やフルーツを使ったジュースなど豊富なバリエーションを誇る。中でも、コーヒーは創業以来『チモトコーヒー』の豆を使用し、変わらぬ味を提供し続けている。

コーヒー(ホット)400円。※価格は2022年1月時点。
コーヒー(ホット)400円。※価格は2022年1月時点。

創業からおよそ50年、半世紀もの間、たくさんのお客さんを迎えてきた『ゆうらく』だが、2020年に施行された受動喫煙防止条例によって、全席禁煙を余儀なくされた。それまで足を運んでくれていた愛煙家の常連さんは少なくなる一方で、SNSを使いこなす若い世代のお客さんが増えたという。さらに、新型コロナの流行によりビジネスマンの利用も減少したことで、客層は2020年を境に一気に変化していった。

時代の波に翻弄されながらも、なんとかこの店を守り続けてきた恒宏さん。今日も『ゆうらく』の顔として、お客さんに気持ちのよい接客とサービスを提供している。取材の終盤には、「新型コロナには悩まされてばかりだけど、いつかこんなメニューを出したいって考えているアイデアがまだまだある」と、今後の展望を明かしてくれた。その野望が実現する日が今から待ち遠しい。

『ゆうらく』店舗詳細

住所:東京都台東区浅草橋1-2-10/営業時間:7:00~18:00/定休日:日・祝・第2・3土/アクセス:JR総武線・地下鉄浅草線浅草橋駅から徒歩2分

取材・文・撮影=柿崎真英