昭和の栄華をかけぬけ、今もなお三鷹で営業する老舗純喫茶
南口から徒歩3分、商店街の交差点沿沿いに、古めかしさを感じる商業ビルが見えてくる。ふと奥へ目をやるとビルの地下に飲食街があることに気づく。「こんなところに飲食店街があるのか」。日頃街を歩いていてもなかなか気づきにくい。
「地下1階ってわかりにくいですよね。長くこの場所で店をやってますけど、コロナ禍になってビルの1階でテイクアウト販売を始めたら、『地下に喫茶店があったんだ!』と驚かれて。初めて足を運んでくれる人が増えています」そう語るのは御年69歳のマスター、武内勇さん。
そうなのだ。この店の歴史は実に長く、創業は昭和33年。戦後の街で区画整備が始まったという時代からこの地で営業を始め、昭和・平成・令和と移り変わりを眺めてきた店なのだ。それでもまだまだ新しい人との出会いがあるようだ。
「昔から通ってくれている人が多いんですよね。でもこうした新しい出会いもうれしいもの」
武内さんは2代目マスターであり、両親がこの場所で営業を始めた。
「最初はね、地上で営業していたんです。長屋に入った喫茶店だったんですけど、まだ喫茶店なんてない時代でね。街の人にとってコーヒーを飲める場所は限られていた。喫茶店でコーヒーを飲めるということは人々にとって贅沢でもあり、癒やしでもあったんです。本当にいろんな方が訪れてくれましたよ」
その後、駅前が開発されてビルが建ち、地下の飲食街へと店を移した。なるほど、どこか昔ながらの名残を感じる飲食店街だったのはそういう所以なのかと感じる。
店内にはタバコの染みが残り、音楽は明るく陽気な60年代のものがかかっている。カウンター席とテーブル席があるが、みなそれぞれ好む位置で静かに過ごす。客の多くは一人客で、朝から新聞を読んだり読書をしたりしている姿は「昔ながらの喫茶店」の雰囲気が満点だ。
「かけている音楽は僕が選んでいてね、オールディーズが好きだからそれが中心。きているお客さんも昔からの人で、みんなにとっても懐かしんでもらえるしね」
リーズナブルなメニュー、わがままオーダーもおまかせ。マスターはいつでも客の想いに応える
『リスボン』といえば驚きなのはそのメニューのラインナップと価格。なんと昔から変わらない価格で提供している。
名物のモーニングセットと、ランチバスケットは必ず頼みたい。モーニングは、170円。ランチは340円。なんだかちょっと申し訳ない気持ちになる。
「儲けというより、ここにきているお客さんに少しでも楽しんで欲しい、また訪れて欲しいという気持ちでやっていますね。女房には呆れられているけど(笑)」
モーニングは開店から朝11時までの間に、トーストかドッグ、卵、サラダの組み合わせが提供される。ランチバスケットは日替わりパン2種と、ミニサラダ、ミニヨールグルト、フルーツがつく。どちらもびっくりするくらいのボリュームで頼まずにはいられない。
この日はランチバスケットをいただく。さっくりとしたピーナッツバタートーストに、ハムチーズサンド、マカロニサラダに今日のフルーツは苺が。
温めたばかりのさっくりトーストにたっぷりのピーナッツバタートーストが懐かしさを感じます。ヨーグルトには青リンゴのシャーベットがひとさじ。ヨーグルトとの交わりがよく後味が爽やかだ。
「どちらも季節に合わせてメニューを変えているんですよ。今日はこのフルーツがいいかな?とか、今日はこっちのサラダにしようかな、ヨーグルトにつけ合わせるシャーベットは何にしようかなと。そんなちょっとしたことなんだけどね、訪れる人が喜んでくれるのがうれしいからさ」
そして、デザートにも食事にもなるこのクリームトーストも是非食して欲しい。バターが塗られているトーストには、シロップとたっぷりのクリームが。しっかりトーストに伸ばして頬張ると、その優しい甘みに幸せな気持ちになる。コーヒーとの相性もまた抜群だ。
単品のフードはオーダーが自由。基本のフードメニューにサイズの大小・トッピングの追加、マスターはなんでも応えてくれる。店のメニューには「わがままなオーダーお待ちしています」とのメッセージがあり、おおらかなマスターの人柄が窺える。
そう、忘れてはならない。喫茶といえばやはりブレンド珈琲。カウンター横に設えられたサイフォンで丁寧に淹れる。昔ながらのブレンド珈琲に始まり、アメリカン珈琲、ミルク珈琲、ウインナー珈琲など、変わらぬ味が提供されている。
マスターはとっても気さくだ。誰かを喜ばすことが好きだといい、そんな気持ちを第一に店を長年続けてきたそうだ。
「時代は移り変わるし、カフェはたくさん増えてきているけどね。いつまでも変わらないこの雰囲気、この場所を求めている人のためにまだ頑張ろうと思ってるよ」
取材・文・撮影=永見薫