『漱石山房記念館』は、かつて夏目漱石が暮らした家の跡地に立つ。館内には書斎だけでなく、ベランダ式回廊や屋根の一部を再現、敷地内には当時の庭に生えていた芭蕉などの植物が植えられていて往時の風景がより立体的に浮かび上がる。
「漱石山房」と呼ばれた家には、多くの門下生が訪れ、さまざまな議論が交わされた。漱石の死後、1945年の山の手大空襲で焼失したが、家族の証言や門下生たちが残した資料を元に再現している。
書斎は板の間に絨毯(じゅうたん)を敷いて紫檀(したん)の文机を置き、その横に火鉢、床に積まれた本の山、壁際には本がぎっしり詰まった本棚、そして回廊から差し込む日の光と、漱石が暮らした光景が目に浮かぶ。『永日小品』のなかの「火鉢」という短編には、この書斎がものすごく寒くて仕事をやる気にならない様子が描かれていて、身につまされる。
漱石が歩いた道をたどる
漱石が作家活動をしたのは、案外短く約11年で、そのうちの9年間を「漱石山房」で暮らした。この間書かれた作品は『三四郎』『夢十夜』『彼岸過迄』などがあり、2階には直筆原稿(複製)や初版本などが展示されている。
なかでも『硝子戸の中』は、この家での生活を綴った連作エッセイ集だ。早稲田や神楽坂を歩いた街の様子も描かれている。『漱石山房記念館』の亀山綾乃さんは「漱石が歩いた街並みはもう残っていないかもしれませんが、坂などの地形や寺院の名前は残っているので、作品を読みながらの街歩きがおすすめです」と話す。
およそ100年前の作品ではあるが、書かれた現場を見て、作品の舞台を実際に歩いてみることで、文豪をより身近に感じ、親しみがわいてくるのだ。
楽しみ方いろいろ
図書室
地下1階にある図書室には、漱石の全集、関連書籍や雑誌、各国の翻訳本のほか、門下生の全集まで揃える。閲覧のみで貸し出しはしていない。無料。
カフェ・ソウセキ
『吾輩は猫である』に登場する空也のもなかと抹茶のセット950円。隣接して、漱石作品や関連書籍を読みながら過ごせるブックカフェもある。※2022年1月現在は臨時休業中。
オリジナルグッズ
左から漱石山房メモ帳300円、活版印刷メモ帳500円、ミニトート800円、漱石のことば鉛筆2本組み200円。ショップには漱石の文庫本も多数。
取材・文=屋敷直子 撮影=鈴木奈保子
『散歩の達人』2021年12月号より