時代の流れに合わせて新メニューを続々用意
浅草ホッピー通りと言えば、新旧様々な居酒屋が軒を連ねているが、その中でも古参の部類に入るのが『三幸』。親子三代で営業しているお店は現在2代目店主の上知倫明(ともあき)さん曰く「僕が22の時からやっているから、もう40年くらいになるのかな?」と江戸っ子ならではのチャキチャキした様子で語ってくれた。
「もともとは僕の父が始めた店だったけど、僕自身も酒……特にビールが好きでね。楽しみながら営業してきたよ」というように、店内を見るとお酒好きが好む和食を中心に、クイックメニューとして提供しやすい揚げ物やキムチなどのお漬物など多種多様。ビールが大好きだという倫明さんがお客さんの目線で考え、あるとうれしいメニューばかりが揃ったラインナップになっている。
「昔のホッピー通りなんてね、場外馬券場で馬券を買ったおじちゃんがお客さんとしてやってくることが多かったけど、最近は若い女の子だけで来ることも増えたし、全体的にお客さんが若返ったのね。だからメニューもちょっと見直して和食だけでなく、揚げたらすぐに提供できるハムカツとか、お酒のアテになりそうな揚げ物のメニューを増やしましたね。ちょっと前だと揚げ物を頼むお客さんって少なかったんだけどね」。
2021年現在60歳という二代目店主の倫明さんの発案で増えたというメニューは毎日店舗に出て、お客さんたちの声を感じているからこそ出るアイデアと言えるだろう。
店の看板メニュー・牛すじ煮込みをより楽しむポイントとは?
さて、浅草ホッピー通りには「煮込み通り」という別称がある。その名の通り、もつ煮込みなどの煮込み料理を看板メニューにしているお店が多いが、『三幸』の1番人気メニューももちろん煮込み料理。3代目を担う真也さんによると「どちらもよく注文が入る大人気メニュー」という、牛すじ煮込みともつ煮込みをオーダーした。
お店自慢の牛すじ煮込みはやや甘めの味わいに2日をかけてじっくり煮込むという牛すじがマッチ。これだけでも十分美味しいが、『三幸』の牛すじ煮込みはこれが完成形ではない。ある調味料を振りかけて食べることで、このお店でしか食べられないオンリーワンの味へと進化する。
その調味料として、真也さんから手渡されたのはなんとカレー粉。甘じょっぱい味わいがおいしい牛すじ煮込みに対し、匂いや味わいからも主張が強めのカレー粉が合うとはちょっと想像がつかないが、真也さんの言葉を信じてカレー粉を振りかけて、ひと口食べると……さっきまでの牛すじ煮込みが新しい味に変身した。甘じょっぱさにピリッとしたスパイスが利いた感じで輝きを増していった。
「牛すじ煮込み自体は当初からメニューにあり、その頃から味が変えたということはないんですよ。ただ、周りも牛すじ煮込みを出すお店が多い中で、ウチだけの個性を何か出せないかということで考えた結果がこのカレー粉だったんです。いつ、誰が発案したかは定かではないんですが、カレー粉を振るとおいしくなる、ということでお客さんたちに出したら予想以上に人気で。今やカレー粉は欠かせない存在になりましたね」。
意外性のある味のベースに隠された「丁寧な調理」
意外性抜群のカレー粉を振りかけて食べる牛すじ煮込みや、じっくり丁寧に仕上げられたもつ煮込みなどの手の込んだメニューが評判を呼び、休日になると家族連れでもやって来ることが多いという『三幸』。そんなお店の一番のこだわりを伺うと、「基本に忠実に、丁寧に作ること」と真也さんが語ってくれた。
「もつ煮にしてもすじ煮込みにしても、味付けを濃くしすぎないようにという意識は常にあります。あくまで基本に忠実に、そして丁寧に作ること。中でも牛すじのすじ肉はそのままだと、とてもじゃないけれど食べられないので、下茹でをしてから余分な部分を削ぎ落して味付けする時に煮込む。それもそのまま出すのではなく、一晩は店で寝かせて味が良くしみるようにしています。特に変わったことではないかもしれないけど、おいしく食べるためにはこうした地道な作業が欠かせないんです」。
箸でも切れるくらいにトロトロに煮込まれた牛すじに、プリプリとした歯ごたえが嬉しいもつが楽しめる裏には、上知さんたちの惜しみない努力があった。もしかすると『三幸』の本当の隠し味はカレー粉ではなく、上知さん親子のお客さんへの惜しみない愛情かもしれない。
構成=フリート 取材・文・撮影=福嶌 弘