文・写真=善本喜一郎

1960年、東京都出身。写真家。森山大道、深瀬昌久に学ぶ。「平凡パンチ」ほか雑誌や広告などで活躍。公益社団法人日本広告写真家協会専務理事。著書に『東京タイムスリップ1984⇔2021』(河出書房新社)。

東京タイムスリップ1984⇔2021
8月30日まで『オリンパスプラザ東京』にて出版記念写真展を開催中。
期間:~2021年8月30日(月)10:00~18:00 ※最終日15:00まで 休館日:8月24日(火)、25日(水) 
料金:入場無料
場所:オリンパスプラザ東京(東京都新宿区西新宿 1-24-1 エステック情報ビル 地下1階)

新宿

ショッピング街、歓楽街、超高層ビル街などさまざまな顔をもつ。それを支えるのが世界一の乗降客数を誇る新宿駅です。

タカシマヤタイムズスクエア

大きく変貌した新宿貨物駅跡地です。田端―品川間には山手線と並行して山手貨物線が走っています。目黒駅以外はすべて貨客両用駅でした。貨物駅は1980年代に取り壊され、跡地で開催されたのが丸いドームの「世界最大の恐竜展」です。1996年にタカシマヤ タイムズスクエアビルが開業。現在は新南改札前に線路を望む展望テラスが広がっています。

渋谷

東急の牙城であった渋谷、1980年代になって西武が切り込んできました。そして今では、周辺の開発は東急が巻き返しています。

中渋谷ガード

大きく変貌している渋谷。街の変化に驚きますが、変わらぬ景色に驚くこともあります。渋谷で変わらないところと言えばここに尽きます。渋谷の裏(呑んべい横丁)と表(センター街)をつなぐトンネルだから「中渋谷ガード?」。いまや、渋谷MIYASHITA PARKが完成して人通りも増えました。当時、国鉄時代の通勤電車と言えば103系でした。

宮益坂下

1980年代の渋谷は、糸井重里のコピーが西武百貨店の広告を飾っていた時代でした。セゾングループがロフト館、クラブクアトロパルコブックセンター渋谷店とセゾン文化全盛期。背伸びした若者と消費社会に適応した新しい大人が集まってくる街でした。現在は再開発が進み、高層ビルが増え「シブヤ・ビットバレー」第2章がスタートしています。

五反田

サラリーマンが行き交うネオン輝く歓楽街でしたが、現在はベンチャー企業などが集積し「五反田バレー」とも呼ばれています。

高いホームと目黒川

地上4階の東急池上線五反田駅ホームからの眺めです。池上線は白金方面に延伸する計画があったため、高架の山手線を乗り越えられる高い位置に造られました。戦後の焼け跡に並ぶ飲食店街「新開地」の約50店舗がそのまま「リバーライトビル」(写真左)に出店し飲食店街を形成しました。目黒川の水質も改善されホーム下に観光船の船着場があります。

新橋

周辺はビジネス街でありサラリーマンを支える繁華街。2000年代以降、汐留エリアは超高層オフィスビル街を形成しています。

SL 広場

街頭インタビューの定番地「新橋駅前SL広場」、駅の向こう側に反射ガラスカーテンウォールの外観が特徴である「日本リクルートセンター本社ビル」(1981年竣工)が見えます。駅前広場に噴水がありました。現在、駅舎は、耐震補強工事と共に老朽化した屋根をシステムトラスの大屋根に架け替えられています。レンガは可能な限り再利用されています。

東京

オフィス街一色だった丸の内も復原された丸の内駅舎の赤レンガ効果や商業施設が増え、人気観光スポットとなっています。

山手線・京浜東北線ホーム

設計者・辰野金吾は、単なる列車を乗り降りするプラットフォームではなく、人々が四方八方で活躍する旅立ちの場、ステージ、舞台としての格式あるものを表現しました。そして現在、東京駅は案内板やエスカレーターなど、ホームとしての機能は充実していますが、日本の中心駅としての誇りを持って造られた建築の美しさにはかないません。

丸の内駅舎

郵便トラックが連なって停まっています。東京駅は戦災により駅舎の象徴だったドーム屋根や外壁が損壊。焼け残った2階建てのまま、変更工事で対応された状態でした。2007年より駅舎の工事がはじまり、解体せず、既存レンガや外壁などは可能な限り活用し、創建時の3階建てに復原されました。東京中央郵便局は現在、『KITTE丸の内』内にあります。