看板の創業年度は間違い

店内に入ると、そこには食パンから総菜パンまで、さまざまなパンが並んでいた。そう、『太田ベーカリー』は、その名の通り、ベーカリーなのである。そして、牛乳販売店でもある。のだが、その牛乳販売には、とてつもない歴史があった。

塩バターパンにハム、チーズ、ブロッコリーを挟んだ塩バターバーガー288円は、ボリュームしっかり。

「あの看板の創業年は間違っているんですよ」。

現在、店の代表である4代目の太田克彦さんに、牛乳販売について聞いてみたところ、いきなりすごい言葉が返ってきた。看板にも書かれ、太田さんもそうと思い込んでいた創業年なのだが、最近になって調べてみたところ、なんと明治元年の創業だと分かったというのだ。現存する牛乳販売店では、日本で最古となる。

4代目店主の太田克彦さん。なかなか面白い経歴の持ち主。

そんな頃に牛乳販売店があったのかと驚くが、実は幕末の頃には横浜の居留地に住む外国人向けに、牛乳の販売は始まっていた。そして明治に入ると、一般向けにも牛乳の販売は行われていた。文明開化、脱亜入欧の時代、牛乳の販売は最先端のビジネスだったのだ。

買ったパンは2階の喫茶店に持ち込んで食べられる。

錦糸町で牧場を経営

当時の販売店の多くがそうだったように、『太田牛乳』は搾乳する牛の飼育も行っていた。その牧場は現在の錦糸町近くにあり、総武線の錦糸町駅建設のために立ち退くまで、経営していたという。ちなみに小説「野菊の墓」で有名な歌人・小説家の伊藤左千夫も、錦糸町で牛の飼育を営んでいた。

かつてミルクホールがあった頃の写真。牛乳販売がメインだった。

その後、『太田牛乳』は店の横で、ミルクホールを開業。牛乳を卸していた『上野精養軒』からパンを仕入れ、店で出していたそうだ。『太田牛乳』とパンの関わりはここから始まる。当時は食パンをカレーにつけて食べる“カレーつけパン”を『精養軒』と『太田牛乳』のミルクホールの2軒で提供していて、大人気だったという。

人気2位のカレーあらびきドッグ260円。具材もいいが、香ばしく焼かれたパンがうまい。

店主の経歴もまた変わっていて

そのミルクホールを閉め、『太田牛乳』は戦後も牛乳と仕入れたパンを売っていたが、3代目がパンを自家焼成に変え、さらに溶岩窯も導入。ベーカリーをメインとして、今に至る。

桜島の溶岩を使った石窯。遠赤外線で中まで一気に火が通る。

自家焼成にしたのは、50年ほど前なのだが、当時はスーパーマーケットが各地にでき始めた頃。牛乳やパンが、どこでも買える時代が来つつあった。実際に1970年代以降、個人経営の牛乳販売店やパン販売店は激減する。それを予感した3代目は、店の独自性を出すため、自家焼成、溶岩窯を導入したのではないだろうか。

さて、明治元年からこれまで、さまざまに変化してきた『太田ベーカリー』だが、4代目の太田さんも、かなり変わった経歴を持っている。これまでの経歴は自衛隊員、CM映像制作、漫画制作、パチンコ機のアニメキャラ原案などなど。店の代表となったのは一昨年なのだが、手の空いたときには手伝っていたため、経験はしっかりとある。

店の顔でもあるイギリスパン。焼きたての香りがたまりません!

そんな太田さんが先代から受け継ぎ、焼き続けているのが、天然酵母と桜島溶岩窯を使ったパン。溶岩からの遠赤外線は生地の中まで早く火が通るため、もっちりした食感で風味がいい。サンド系のパンが多いが、具とのマッチングはもとより、なによりパンがおいしい。毎日のように通う常連客が多いというのも納得である。

隠れた人気メニューの焼きプリン220円。上品な甘さで玉子と牛乳のうまさが際立つ。

かつては歓楽街の柳橋に近く、かなりの賑わいを見せていた東日本橋だが、最近はオフィスビルやマンションばかりが静かに立ち並んでいる。そんなところに、これだけの歴史が詰まったベーカリーがあるというのは面白い。前述のようにパンは上等。ぜひこれからも、さらなる歴史を紡いでいってほしいものだ。

住所:東京都中央区東日本橋2-9-6/営業時間:7:00~15:00/定休日:土・日・祝/アクセス:地下鉄浅草線東日本橋駅から徒歩2分

取材・文・撮影=本橋隆司(ソバット団)